第154話 君臨

 ルーファの大首長セミールは、ゆったりとリティアに話しかけた。



「我が孫娘エメーウには、不憫な目に遭わせた。あのままバシリオス殿下に嫁しておれば、なんの問題もなかったであろうが、ファウロス陛下の横車に儂も異議を唱えることはしなかった」



 セミールの口調は穏やかであったが、深い悔恨が秘められていることは、その場にいる者すべてに沁み渡る。



「皆が皆、エメーウを政略の道具としか見ておらなんだ。……道具として使われ、道具として愛でられ、道具として愛された。それでも、エメーウは儂が課した役目を忠実に果たそうとしてくれておった……」



 セミールは眉を寄せ、目を閉じた。



「息子の嫁となる娘を奪うことなど、本来、許されざるべきこと。ルーファの権益を確かなものとするため、儂は見て見ぬふりをしてエメーウの心を顧みなかった。アレの心を壊してしまったのは儂よ。……リティア殿下」



 憂愁に満ちた瞳を開いたセミールは、曾孫ひまごリティアに頭を下げた。



「殿下から母を奪ったのは、儂だ……。その償いをさせてほしいと思っている。しかし、儂はまた同じ過ちを犯そうと……」


「えっと…………」



 リティアは、明るく快活で、しかし戸惑ったような笑顔でセミールを見た。



「初耳なんですけど……」


「ん?」


「母上は、バシリオス兄上の妃……? 側妃? に、なるハズだったんですか?」



 ルーファに君臨する大首長セミールの目が泳いだことは、その生涯で幾度もはない。


 しかし、この時はハッキリと泳いだ。


 同席しているヨルダナを見ると、自分と同じように目を泳がせている。いつも人形のような無表情のヨルダナのそんな顔を見るのは初めてだった。


 席を見渡すと、リティアの侍女クレイアだけが、



 ――あーあ。



 という表情を、そのクールビューティな顔立ちに滲ませていた。


 ファウロスによるエメーウの略奪事件は、もちろんリティアの生まれる前の出来事であり、耳目に触れることのないよう厳重に秘匿されてきた。


 クレイアは国王侍女長のロザリーから、堅く口止めされた上で聞かされていたが、リティア本人は知らなかった。



「あははははははっ!」



 と、リティアの気持ち良さそうな笑い声が響いた。



「リティア殿下……」


「もう、父上はホントにヒドイ人だなぁ!」



 腹を抱えて笑うリティアに、隣に座らされていたアイカも、何と声をかけたらいいのか分からない。



「そりゃ、兄上に討たれますよ! あはははははははっ!」



 俯いて笑い続けていたリティアが、スッと静かになった。


 そして、おもむろに立ち上がり、右腕を大きく払った。



「テノリア王国第3王女リティアが宣する」



 端正な顔立ちの夕焼け色の瞳から発せられる威厳は、まさに《ファウロスの娘》のそれであり、家臣たちは皆その場で控え、大首長セミールでさえ威儀を正した。



「偉大なる父王ファウロスは、偉大なる兄王太子バシリオスの手によって、その生涯を閉じた。ファウロスの偉大な生涯を開いた者が聖山王スタヴロスとその詩人の束ね王太后カタリナであれば、閉じた者はバシリオスである。開いた聖山王と王太后が尊いならば、閉じたバシリオスもまた等しく尊い」



 リティアは家臣たちが居並ぶ方に顔を向けた。



「このリティアが言を、ただちに王太后カタリナ陛下のもとに届けよ。我が断が《聖山の神々》の御心に叶うものであるなら、吟遊詩人たちのうたとなって《聖山の大地》にあまねく舞い飛ぶであろう」


「「「ははっ!」」」


「かしこまりました、ただちに」



 と、クレイアが、不在の侍女長アイシェに替わって応えた。


 ルーファの大首長セミールは、《聖山の民》を統一したファウロスとも並び称される、時代の英雄の一人である。その偉丈夫ぶりは王都ヴィアナの民からも愛される英傑である。


 その大首長セミールが、初めて目にしたリティアのに圧倒された。


 自らの曾孫であり、若干15歳の美少女は確かにその場に君臨していた。



 ――ファウロスめ。……えらいものを遺して逝ったな。



 セミールの首筋に、冷たいものが伝った――。

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