第278話 いい方法を知っています
茶会でロマナがぼやいた。
「なんで、リーヤボルクはアイカとばっかり戦うわけ?」
「な、なんででしょうねぇ……?」
「こっちだって少しは憂さを晴らしたくてウズウズしてるのに……、理不尽だわぁ」
不満げに口を尖らせるロマナに、リティアが笑った。
「そりゃ、無敵の蹂躙姫様が腕をぶんぶん振り回してたら、リーヤボルクだって恐れをなすだろうよ」
「さっさと攻めてきて、大人しくやられとけばいいのに」
「それは同感だがな」
苦笑いする一同であったが、頭痛の種はほかにもあった。
侍女クレイアから、ペトラの説得が難航しているとの報告が入っていたのだ。
アイカも眉を寄せ、唇をすぼめた。
「……カリュさんからも、ペトラさんの住む第3王子宮殿のガードが固いって、連絡が入ってます」
「そうか。……この状況でペトラ殿下を支え続けた近侍の者たちだ。結束は固いだろうな」
王都の市街地の状況は、踊り巫女ニーナから報告があがっている。
今朝も情報を共有するために姿を見せた。
「まあ、座れ」
と、席を勧めたリティアに、恐縮するニーナ。
しかし、リティアは悪戯っぽい笑みで立ち上がり、強引に座らせる。
「アメルの妃になれば、我らは親戚ではないか?」
「ま、まだ、決まった訳では……」
「お妃候補なら、親戚候補だ。一緒に茶を飲むくらい構わんだろ?」
アイカもニコニコと見ているし、結局リティアに押し切られたニーナは、三姫とテーブルを囲む。
「……王都の様子はどう?」
と、ニーナを気遣ったのはロマナだ。
リティアの《天衣無縫》に巻き込まれたニーナを、すこし気の毒に思っている。
「は、はい……。メテピュリアに退避する住民も増え、閑散とし始めています」
「……そう」
「ウロウロしてるのは、リーヤボルクの兵士と無頼の方々で……、その無頼の方たちも……」
と、ニーナはリティアをチラッと見た。
「……第六騎士団の方が多くて、正直、……意味不明です」
「はっは。意味不明はいいな」
リティアが満足気に笑った。
しかし、交易の隊商も完全に王都を避けるようになっており、決着が急がれる状況にあるのは確かであった。
めずらしく弱音を吐くような口調で、リティアがつぶやく。
「……しかし、王都がいまだ健在なのは、すべてペトラ殿下のおかげだ。わたしは諦めきれん」
「あの……」
と、アイカがリティアの表情を窺った。
「んーっ!? なんだ、アイカ?」
「……ロマナさんのところに、ファイナさんがいるんですよね? ペトラさんの妹の……」
「いるわよ」
「ファイナさんに説得してもらうしかないんじゃないでしょうか?」
アイカは、思案顔をしたロマナの方に顔を向け、様子をうかがった。
「う~ん、じゃあ、まずはファイナ殿下の説得からね」
「そうだな、出来ることはなんでもやってみよう。……ここでペトラ殿下を諦めたら、一生悔いを残す」
と、リティアが表情を引き締めた。
しかし、ロマナは怪訝な表情で、リティアとアイカを見た。
「……けど、どうやってファイナ殿下を王宮にお送りするのよ?」
「それ! ……わたし、いい方法を知ってます!」
アイカがドヤ顔で胸をはり、リティアは苦笑いを浮かべた。
「今回はアイカもだな」
「ええ――っ!? な、なんでですかぁ?」
「ファイナ殿下おひとりで行かせる訳にもいくまい。わたしも、ロマナも行く。これが最後の〈決戦〉だな」
「え? え? なになに?」
と、ロマナはリティアとアイカの顔をキョロキョロと見比べ、
ふたりの視線の先にニーナがいることに気が付いた。
「ええ~っ? わたしも~?」
「ロマナも似合うと思うぞ?」
リティアとアイカが、ニヘラと笑った。
*
ヴールの公宮では、三姫から総侯参朝の召喚状を携えた早馬が届き、ロマナの弟セリムが、慌ただしく出立の準備をしていた。
セリムはふと、その手を止め、傍らで手伝う侍女ガラに呟いた。
「……王都は奪還できたのであろうか?」
「きっと、大丈夫にございます。ロマナ様とリティア殿下に、アイカ殿下までいらっしゃいますから」
「そうだな……。わたしが案じても仕方のないことであった」
遠く離れたヴールの地で、こまかな戦況までは伝わらない。
ただ、総候参朝への召喚状が届いたということは、最終決戦が近いか、あるいは既に決着がついているか、
そのことだけは理解できた。
「いえ、西南伯の御座に就かれたセリム様が、王国の行く末を案じられるのは、むしろ当然の責務にございます」
という、ガラの浮かべた笑顔は柔らかい。
ロマナの命により〈西南伯の
そのままヴールにとどまり、セリムの政務を援けた。
ウラニアの後援もあって、ベスニクを失って動揺するヴールを、若いふたりはよく治めていた。
「……当然の責務か」
「案じる権利を得た……、と言い換えても差し支えございません」
かつてエズレア候が謀叛を企んだとき、ヴールの行く末を案じることもなくただ震えるだけだった公子は、逞しい青年へと成長しようとしていた。
あの時、ガラもまだロマナの侍女ではなく、ただオドオドするだけの孤児の少女であった。
そのふたりが、力を合わせて伝統ある大領ヴールの治政を司っている。
「そうだな。ガラの言う通りだ。堂々と案じることにしよう」
「はい。ご主君が案じておられるからこそ、我ら家臣はお支えすることが出来るのです」
そう言って自分を見詰めるガラの澄んだ瞳に、セリムはいつも吸い込まれそうになる。
〈アイラ教団〉の教えは既にヴールにまで伝わり、セリムはガラに一度、
「キレイだ……」
と、呟いたことがある。
ふたりして顔を真っ赤にしてしまい、それ以上の進展はなにもなかったが、より深く心を通わせるようになっていた。
ガラが咳払いをひとつした。
「ウラニア様、ソフィア様? 物陰から見ておられるのは、分かっておりますよ?」
「え? ……えへへ」
と、ニヤニヤしたふたりが、姿をみせる。
「ウラニア様もソフィア様も参朝の準備はお済みですか? 出立の刻限が迫っておりますよ?」
「あ……、すぐやるわね」
「もう、サヴィアス殿下を見習ってください。すっかり準備を終えて、皆さまをお待ちですよ?」
というガラの視線の先では、サヴィアスが荷物を抱いてちょこんと座っている。
精悍な容貌をしたサヴィアスの可愛らしい佇まいは、コミカルにも見えた。
「さあ、新西南伯ヴール候セリム様の初めての参朝です。それに、王国が新王を戴く最初の総候参朝でもあります。ベスニク様のご薨去を、王都の神殿に報告もせねばなりません。威儀を正して出発いたしましょう」
そうテキパキと準備を進めるガラの背中を、ウラニアがほほを緩めて見守った――。
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