最終話 また一緒にあそぼうね
総候参朝が開幕する前日。
昨年までは列候からの挨拶を、ひとりずつ受ける〈耐久レース〉であったが、
すべての列候が一堂に会する形に改められた。
王宮中庭にそろう聖山三六〇列候。
その前に立つ三姫から、ロマナの即位と、リティアとアイカが〈共同統治者〉の地位に就くことが宣言された。
第2王子ステファノス、第2王女ウラニア、第1王女ソフィア、そして第4王子サヴィアスが賛意を表明。
旧都から届いていた、廃太子アレクセイと王弟カリストスの賛意を表す書状も公開された。
一瞬の静寂の後、歓喜の声に沸き立つ列候たち。
突拍子もない決定のように思われたが、言われてみれば最も収まりが良い。
動乱を招いたバシリオスとルカスの血統でもなく、
動乱の遠因となった側妃サフィナの血統でもなく、
《砂漠の民》である側妃エメーウの血統でもなく、
ファウロスが最初に妃としたテオドラの血統が、王位を継ぐのである。
ましてや、武威を尊ぶ《聖山の民》の気風として〈蹂躙姫ロマナ〉の威名は女王と仰ぐのに相応しい。
歓声と拍手が割れんばかりに鳴り響く中、ロマナは新女王に即位した。
*
王国の祝祭が開幕し、王都は賑やかな喧騒に満ち溢れる。
ザノクリフ王国軍とコノクリア草原兵団、合計5万人も参加しているため、例年よりも王都に人が満ち溢れている。
踊り巫女の官能的なダンスは、今年も耳目をあつめ、
慌てて駆け付けた大道芸人や、吟遊詩人たちも街角をにぎわす。
「め、目が回ります……」
と、アイカがぼやきつつ、
三姫そろって列候の神殿を巡る。
例年通りの宴は、どの列候も準備が間に合わないため、
すべての神殿を三姫が回り、祈りを捧げることにしたのだ。
「むしろ、この形の方が望ましいな!」
「そうね。今さら列候同士を競わせる必要もないしね」
と、リティアとロマナの表情は明るい。
華麗なドレスを身にまとった、わかく可憐な三姫が、美しい侍女たちと2頭の狼を従え、すべての神殿を回る様は、
王都の住民たちの目を楽しませ、テノリア王国新時代の幕が開いたことを告げるのに、充分すぎるパフォーマンスとなった。
リーヤボルク兵の占領が終わった王都が迎える祝祭は〈解放祭〉の様相を呈し、喜びと熱狂に満ち溢れる。
リティアとアイカが設けた〈孤児の館〉では、かつて世話になった孤児たちが集まって、きゅうりの串刺しを売っている。
侍女の身となったガラも訪れて頬張り、旧交を温めた。
神殿まわりの合間に立ち寄ったリティアが、
「おっ! やはり美味いな!」
と、豪快にポリッポリッと食いつけば、ロマナも、
「ほんと! ただのきゅうりなのに不思議ねぇ~っ! ……もう1本もらえる?」
「へっへ~っ!! でしょ? でしょ? お祭りのきゅうりは特別なんですよぉ~~~っ!? ねっ? ガラちゃん!」
と、得意顔のアイカは、ガラの脇腹をつつく。
思わず「ひゃっ!」と可愛らしい声を上げてしまったガラは、ほほを赤くして、
「もう……! 殿下になっても、陛下になっても、アイカちゃんは変わらないんだからぁ!」
と、口を尖らせ、皆が笑いに包まれる。
喜びに満ち溢れた祝祭の最終日、
王宮の中庭で開かれた〈王都詩宴〉では、吟遊詩人たちが三姫の活躍を勇壮かつ艶やかに奏でた。
動乱の犠牲になった者たちを悼み、新しき女王ロマナを戴く世を平和なものとすることを誓い、
ロマナ、リティア、アイカの弾けるような笑顔とともに、
総候参朝は幕を閉じた――。
* * *
その後――、
西南伯ヴール侯となったセリムは、ガラを正妃に迎え、ヴールと西南伯領を共によく治めた。
ガラは女王ロマナの侍女でもあり続け、つねに王都とヴールを行き来し、かつての国王侍女ロザリーを超えたと讃えられる手腕を発揮した。
ガラの弟レオンは、やがて文官としての才能を開花させ、義兄と姉の治政に貢献した。
アルナヴィス侯は《方伯》の地位を授かり〈南伯〉と号しようとしたが、「西南伯に南伯では、鬼のように強いアルナヴィス侯にしては芸がないのではないか?」とのリティアの言葉で、《鬼強伯》と号する。
ちなみに、
侍女サラナは、ザノクリフ王国でその内政の才を大いに発揮させ、国を富ませた。
そして、ザノクリフ王国で大将軍となっていたカリトンと結ばれた。
過去のすべてを受け入れてくれた夫と温かい家庭を築き、子どもにも恵まれ、自然豊かな山々に囲まれて幸せな後半生をおくることができた。
侍女カリュは正式にアイカの家臣となり、正妻を亡くしていたヴィツェ太守ミハイの後妻に入った。
先妻の子にも愛情を注いで育て、実子にも恵まれ、にぎやかな家庭を築いた。
ただ、凄腕の間諜である妻が、隠し事をさせてくれないことに、ミハイの苦笑いはとまらなかった。
侍女アイラはノクシアスからの求婚を断って、ピュリサスと結婚した。
そして生涯、救国姫アイカの親友として過ごし、〈サバト〉あらため〈ミサ〉は定期開催されつづけた。
ペトラはサミュエルと共に、メテピュリアで穏やかに過ごした。
不在であることの多い君主リティアを代行し、執政としてメテピュリアをよく治めた。
ファイナは王宮に入りみずからの宮殿を構え、スピロと共にロマナの治政を援けた。
スピロはバシリオスに謝罪し、許しを得てヴィアナ騎士団を再興。王政において重きをなす。
また、ふたりの子どもは王妃アナスタシアの血統をテノリア王家でのちの世に伝えた。
ルカスは母アナスタシアの介護もあり、一定の回復をみたが、生涯を療養して暮らした。
また、アナスタシアはアイカに請われて旧都テノリクアに足を運んだり、逆にアイカをコノクリアに招いたりと、生涯に渡って温かい交流を持った。
バシリオスは首都コノクリアを交易の要衝に育てあげ、サラナの残した灌漑農業や遊牧とあわせ、コノクリア王国繁栄の礎を築いた。
やがて侍女サラリスの交渉が実り、帰国できた《草原の民》と引き換えに、リーヤボルク王アルドレアスも国に戻った。
しかし、権威の失墜したアンドレアスは早々に退位に追い込まれ、バシリオスを頼って亡命してきた。
その後は農民のひとりとして、ひっそり暮らしたと伝わる。
コノクリアの王太孫アメルの正妃には、救国姫アイカを草原に導いた、踊り巫女ニーナが迎えられた。
貴族制度のない《草原の民》にあって、コノクリア王家は民によく交じり、よく治めた。
その治世に、隻眼の侍女ロザリーの働きがあったことは言うまでもない。
ウラニアはアナスタシアに代わり、王太后カタリナから《詩人の束ね》を継承すべく旧都テノリクアに遷った。
旧都主座にあるアイカを援けつつ、女王となった孫娘ロマナの治政を支えた。
カタリナは結局121歳まで生き、息子のアレクセイ、カリストスも見送った。
「子にすべて先立たれたのは悲しいことであったが、息子の生き様を3人ともに、生まれたときから最期まで見届けられたのは、母親冥利というものだったのかもしれんのぅ」
「製造者責任ってヤツですね……」
「せ……、せい……ぞ……?」
と、アイカに看取られながら、安らかに旅立っていった。
リティアは、テノリア王女の地位を生涯に渡って保持し続けた。同時にメテピュリアの君主であり、ルーファ首長となったフェティの正妃ともなった。
王都ヴィアナ、メテピュリア、ルーファを頻繁に行き来しながら、ときにはザノクリフ王国の首都ザノヴァルやコノクリアにも足を運んで、いつも天衣無縫の笑みで人を明るくさせた。
また時間をかけて母エメーウとの関係を再構築し、良好な距離感で穏やかに過ごすこともできた。
アイカもテノリア王女の地位を正式に授かった。
同時にロマナの養父として王都に遷ったステファノスに代わって、旧都テノリクアの主座にあり続け、ザノクリフ王国では女王として君臨した。
その治政はおもに臣下に委ね、和を重んじる統治姿勢はのちの世の君主から、ひとつの理想形として尊敬をあつめた。
ロマナは
ちなみに、
「せ、せめて蹂躙姫で……」
というロマナの強い意向で〈蹂躙女王〉と呼ばれることはなかったし、実際、即位後の治世で剣を持つことはなかった。
そして、三姫の長姉にしてテノリア女王として国をよく治めた。
テノリア王国、ザノクリフ王国、砂漠のオアシス都市ルーファは〈三姫諸国〉と呼称され、ながく協力関係が続く。
リティアは2男2女を授かり、長男はルーファの首長に、次男はメテピュリアの君主となった。
アイカは3女を授かり、長女はザノクリフの女王、次女は旧都テノリクアの女侯となり、三女はリティアの長男であるルーファの首長に嫁いだ。
ロマナは3男1女を授かり、長男はテノリア王太子としてリティアの長女を正妃に迎え、次男はアイカの長女ザノクリフ女王の王配、三男はアイカの次女テノリクア女侯の婿に迎えられた。また長女はリティアの次男であるメテピュリア君主に嫁いだ。
リティアの次女は、コノクリア王国のアメルとニーナの間にできた太子に嫁ぎ、以降、コノクリアも〈三姫諸国〉のひとつに数えられた。
三姫は三者三様に、みなが憧れるよき母親となった。理想の母親像が複数あることはのちの女性たちの救いともなった。
テノリア王国、ザノクリフ王国、コノクリア王国、そしてルーファは末永く繁栄し、西域からの進攻があったときには、協力してこれを撃退した。
三姫は毎年秋を迎えると、聖山で狩りを楽しみ、《精霊の泉》のヒメ様温泉で汗を流し、総侯参朝で聖山三六〇列侯および周辺国からの拝礼を受け、祈りを捧げて、きゅうりをかじり、
そして、誓いのとおり同年にこの世を去った。
無頼姫リティア、蹂躙姫ロマナ、救国姫アイカ。その名は、末永く三姫諸国の間で敬仰をあつめた――。
*
気がつくと、アイカはひかり輝く白い靄に包まれていた。
しろい服を着た美男子と、くろい服の美形が自分をみて微笑んでいる。
「タロウ……、とジロウ?」
「さあ、次の国を救いに転生いたしましょう」
「ええ――っ!? まだ働かせるつもりですかぁ?」
「迷える国が、アイカの救国を待っていますよ」
「……もう。仕方ありませんねぇ」
ふと、アイカがふり向くと、とおくに聖山テノポトリがみえた。
そのふもとでは、おおくの人たちが活きいきと暮らし、笑いあっている。
「……でも、もう少しだけ。……リティア
白と黒の美形がやさしく頷くと、アイカは靄のうえにゴロンと寝転んでほおづえをついた。
「ふふっ……。楽しかったなぁ~」
いつの間にか、となりにリティアとロマナも寝転んで、アイカに微笑みかけている。
「ああ、楽しかったな」
「また一緒にあそぼうね」
「はいっ! リティア
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