第94話 王都脱出!(1)
「アイカ! 脚だ! 脚を狙え!」
夜更けの神殿街。
馬の背に跨り、白いローブにビキニ姿のリティアが叫んだ。
引き絞ろうとする弓を持つ手が、ぐっしょりと汗に濡れるアイカは、駆けるタロウの背で固まっていた。
その見開かれた瞳の先には、追って来るカリトンの姿が捕えられている――。
◇
「こ、これを着るのですか?」
「ペトラ殿。私も着るのです」
渡された踊り巫女の装束を手にして目を丸くするペトラ姉内親王とファイナ妹内親王に、リティアが苦笑いを浮かべて行った。
肌が透けて見えるであろうガーゼ地のようなローブと、濃緑色のロングスカートはまだいい。中に着ける白いビキニのトップスは、高貴な育ちのペトラとファイナを躊躇させるのに充分なほどに面積が小さい。
踊り巫女に扮し、ヴィアナ騎士団の目を欺いて脱出する。
難色を示すであろうことが明らかだった、第3王子ルカスの娘であるペトラとファイナの説得のためリティア自らが出向いていた。
「私の貧相な胸では様になりませんが、ペトラ殿下とファイナ殿下なら大丈夫です!」
「そのような……」
「さあ、一度、一緒に着替えてみましょう!」
と、そそくさと騎士服を脱ぎ始めるリティアに、ペトラとファイナはまだ躊躇いの色を隠せない。
「両殿下、“本番”では着替えの時間がほとんど取れません。一度、練習しておかないと機を逃してしまいます」
つとめて明るい声音で勧めるリティアに促されて、アイシェとゼルフィアが、ペトラとファイナの服を脱がせ始める。
――ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 恥じらう姿がいいです! おっさんのような感想ですが、いいものはいいです!
と、王族女子たちの着替えを眺めるアイカは興奮していた。
アイカは“本番”に立ち会わない。そのため、リティアの着替えを手伝うクレイアの側で、ただ眺めている。
アイシェ、ゼルフィア、クレイアの侍女3人は既に踊り巫女の装束を身に付けており、その豊かな胸は小さな布で覆われている。
「やはり、胸が大きい方が様になるな」
と、快活に笑うリティアに、苦笑いを返す侍女たちは、黙々と着替えを手伝う。
アイカとクレイアの申し出に、最も乗り気になってくれたのは、いつもは仏頂面のイエヴァだった。
「協力するべきだ!」
「草原の民は、ほかの民族の政争に関与しないことで、介入を防いできたのよ……」
イエヴァたちを引率する立場にあるニーナが、難しい顔で応えた。
「リティア殿下は2度も私たちを助けてくれたではないか!」
「それはそうだけど……」
「悪い男たちにラウラが連れ去られようとした時と、許可証を奪われた時だ。リティア殿下が、まさに介入してくださらなければ、今頃、私たちがどうなっていたか分からないじゃないか」
内気なラウラが、コクンと小さく頷くのを見て、ニーナはますます困惑した。
「このご恩に報いなくて、祖霊がお許しになるはずがない!」
踊り巫女ニーナたちは、祖霊信仰が厚いテノリア王国の北西に広がる『草原の民』である。
水もなく痩せた土地は他国から狙われにくい。それでも、介入や侵攻を招かないよう、他国の政争に関わることは避けてきた。
ましてや、ニーナは17歳。
民族の浮沈に関わるかもしれない決断を下すことを、躊躇うのは当然であった。
――『草原の民』に怪しい動きがある。
という、『聖山誓勅』でのファウロスの言葉も耳に入っている。
無論、側妃サフィナに唆されたファウロスが、王太子と第3王子を追放するための方便に使っただけであることは分かっている。
しかし、謀叛を起こしながら、先王ファウロスの正統を継ぐ立場を主張しているバシリオスが、その言葉をどのように使うか予断を許さない。いくら恩を受けたリティアとはいえ、王族の一方に肩入れすることは危険を伴う。
ニーナが、友人であるクレイアを前にしても、判断に慎重になるのは当然のことであった。
「祖霊に……」
と、目線を泳がせたラウラが口を開いた。
「……うかがおう」
「祖霊を降ろすの……?」
「私たちでは……判断がつかない……」
官能的な踊りで人気の踊り巫女は、祖霊信仰のシャーマンである。その踊りは本来、祖霊を身体に降ろし、言葉を聞くための宗教儀礼である。
縋るように自分を見詰めるアイカ。労わるような視線のクレイア。睨みつけているかのようなイエヴァ。伏し目がちながら、イエヴァに賛同している様子のラウラ。
ニーナは小さく息を吐いた。
「分かったわ……」
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