第266話 エースを励ますマネージャー

 王都北郊の森――、


 その前の草原でリティアの婚約者フェティが、アイカやタロウ、ジロウと駆けて遊んでいる。


 三姫の軍が王都を包囲して1週間が過ぎた。


 王国の大動脈ともいえる交易は止めず、王都への通行を許可しているが、王都の中も外も、独特の緊張感に覆われている。


 しかし――、



「待て――っ! アイカ――っ!!」


「へっへ~。つかまりませんよ~だっ!」



 毎朝、のどかに過ごす主君たちの姿は、次第に包囲軍の緊張を解いていく。


 追いかけっこに興じるアイカとフェティを眺め、ロマナがクスリと笑った。



「カワイイじゃない? リティアの婚約者様」


「だろ~ぉ!? 旦那様は世界一カワイイ旦那様だと思うんだ」


「……からかい甲斐のない子ね」


「ん? いま、からかっていたのか?」


「もういいわよ。そんな、幸せそうな顔見せられたら、なにも言えないじゃない」


「はっは。そんな遠慮せず、もっと私の旦那様を褒めてくれていいのだぞ?」


「はいはい、ごちそうさま」


「そういうロマナに、いい人はいないのか? アイカも結婚したというのに」


「それどころじゃなかったわよ。西南伯家は大変だったんだから」



 と、ため息をつくロマナの背後に、いつのまにかアイカが立っていた。



「ふふふふふふふふふふふふふふ」


「わぁ! ……な、なによ」


「わたしは知っています」


「な、なにをよ……?」


「ロマナさんは今、サヴィアス殿下と〈いい感じ〉なのです」


「バッ! バカ言わないでよ!」



 ほほを赤くして狼狽えるロマナに、リティアもニマリとした笑顔を向ける。



「なんだなんだ? そういうことになっていたのか?」


「ち、ちがうわよ! ちょ、ちょっと落ち込んでるみたいだから、励ましてただけよ」


「ほほぉ~」



 と、腕組みするリティア。



「アイカ、もっと詳しい話を聞かせてもらおうか?」


「はいっ! もちろんです、リティア義姉ねえ様!」


「ちょ、やめてよ~~~」



 年頃の女子3人がキャイキャイはしゃいでいる風景は、はた目にも仲の良さが伝わり、


 三姫の率いる三軍の間に垣根をつくらせない。


 徐々にそれぞれの軍のあいだでも交流が起きはじめていた。


 アイカたちのもとに、巡回に出ていたカリトンとサラナも合流し、ジョルジュと遊ぶフェティの姿が見える丘に並んで腰をおろした。


 侍女たちはそれぞれに王都内での工作に取り掛かっている。


 しかし、ながく虜囚であったサラナは、リーヤボルク兵に顔を知られている。


 そのため、サラナは王都のなかには行かず、包囲軍の陣形のチェックを主な仕事としていた。


 長引くことが予想される包囲に、緊張をつづけることは望ましくないが、油断することは危険だ。


 万一、王都内のリーヤボルク兵からの奇襲があっても、対応できる陣形を維持しているかのチェックは欠かせない。


 ほころびを発見した場合は、アイカ率いる軍勢の大将軍格であるカリトンを通じて、修正してもらう。


 と――、


 ため息を吐くカリトンに、サラナが気遣いの表情をむけた。



「……面倒なお役をお願いしてしまって」


「あ、いえ……。サラナ殿のご依頼ではなく……」


「どうかされました? ……お話を聞くくらいはできますけど」



 心配そうに自分の顔をのぞき込んで来るサラナに、カリトンは眉根を寄せて目を閉じた。



「いえ……、たいしたことではないのですが……」


「……はい。あっ。……スピロ殿のことですか?」



 スピロはカリトンの元の上官で、いまはロマナの幕下に加わっている。


 かつてバシリオスに叛いたスピロを、カリトンは見限って、その隊列から離脱した過去がある。


 巡り会わせで、おなじ〈対リーヤボルク側〉で馬を並べることになったが、気まずさは残る。



「いや、スピロ殿のことなど、いまとなっては些細なことです」


「スピロ殿が些細なこと……」


「……ありがたいことに、アイカ殿下が率いる6万もの軍勢の総指揮を執らせていただいております」


「ええ。カリトン殿は、立派に務められています」


「……ただ、ミハイ殿はまだいいとしても、ステファノス殿下が部下というのは……」


「ああ……」


「それに、ザノクリフ、草原と、旅の間は大変良くしていただきましたが、……ナーシャ様も」



 アイカ旗下の軍は、ミハイ率いるザノクリフ王国軍4万、ステファノス率いる祭礼騎士団1万、そしてナーシャ率いるコノクリア草原兵団1万からなる。


 もとはヴィアナ騎士団の千騎兵長でしかなかったカリトン。


 ヴィツェ太守のミハイとの関係は曖昧なところもあるが、


 第2王子であるステファノスと、もとは王妃であるナーシャことアナスタシアは、本来、雲の上の人である。



「日に日に、胃が重くなっています」


「それは……」


「……はい」


「がんばって」



 と、両手の拳をキュッと握って、口をヘの字に見上げてくる赤縁眼鏡童顔侍女サラナ。


 王宮で国王侍女長ロザリーに次ぐポジションにあった、元王太子侍女長をしても、いまのカリトンの悩みには、励ます以外の方法が見つからない。



「ファイトです。カリトンさんなら、きっと大丈夫」


「だと、良いのですが……」


「大丈夫ですっ!」



 ――ふおぉぉぉぉぉ。なんか、エースを励ます真面目系マネージャーみたいな光景が……。



 と、アイカが遠目にチラチラうかがっているのに、ふたりは気づかない。



「ちょっと、聞いてる? アイカ?」


「あ、はい!? なんでしょう、ロマナさん?」



 よそ見をしていたアイカに、ロマナが怪訝そうな声をあげた。



「だから、ガラをヴールに戻そうと思うのよ。……アイカもリティアも侍女をリーヤボルク攻略に働かせてるところ悪いんだけど」


「え? ……なにかありました?」



 すがすがしそうな笑みで、ひとつ息を切ったロマナを、リティアも見詰めた。



「降りたの、わたし。西南伯を」


「ええ――っ!?」


「降りた? なんで? どうして?」



 と、リティアも目を見開く。


 ロマナは困ったように笑い、野原で駆けるフェティの笑顔を見詰めた――。

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