第265話 初めての出番

 リティアの旗衛騎士ジリコが侍女ゼルフィアを伴って訪ねたのは、祭礼騎士団の儀典官ナッソスの天幕であった。



「おおっ、ジリコ殿。久しいな」



 と迎え入れる、品のいい老紳士。


 齢80を数えるにしては肌にハリがあり、髪はすべて白髪となっているが、ふさふさと毛量が多い。


 王国の騎士団がおこなう祭祀をつかさどるために配置されている儀典官のひとりである。


 また、ナッソスは第2王子ステファノスの妃ユーデリケの父でもある。


 65歳になるジリコとは旧知の仲で、聖山戦争をともに戦い抜いた戦友ともいえた。



「こちらはリティア殿下の侍女ゼルフィア殿にござる」


「お名前はかねがね」



 上品なほほ笑みを浮かべるナッソスに、ゼルフィアもかるく会釈して応えた。


 旧都を本拠とする祭礼騎士団に所属するナッソスとゼルフィアに、これまで接点はなかった。


 やがて、祭礼騎士団の万騎兵長ヨティスも姿をみせた。


 かつて旧都の宴でアイカの弓矢を褒めちぎった老将もまた、ジリコとは旧知の仲である。


 ナッソスが品のある笑みを絶やさず、ジリコに顔をむけた。



「それで、何用ですかな? 聖山戦争の昔語りをするために我らのもとに来られたという訳ではありますまい」


「わたしは所詮、衛騎士に過ぎませぬが……」


「ご謙遜を。ジリコ殿ご自身が望まれたなら、いまごろヴィアナ騎士団の筆頭万騎兵長でもおかしくはなかった」


「痛いところを突かれますな。……素直にその道を選んでおれば、ピオンごときの稚拙な激情で国を荒らさせることもなかった」


「これは失礼……。余計なことを申しました」



 あたまを下げるナッソスのあとを、万騎兵長ヨティスが引き取った。



「いずれにしても、王国に平穏を取り戻さねば、死ぬに死ねませぬな」


「……まだ、聖山戦争は終わっていなかった。と、わたしは見ております」


「ふむ」



 ジリコの言葉に、ヨティスもナッソスも眉間にしわを寄せ考え込んだ。



「テノリクア候として数百年の歴史を持つとはいえ、テノリア王国としては聖山王スタヴロス陛下、ファウロス陛下の2代の歴史しか持ちませぬ」


「……そうだな」


「次代につなぐのは、われら老骨の務めとも思っております」


「しかし、われらの主君であるステファノス殿下は『一切を三姫に委ねる』と宣明されてしまわれた」



 と語る、ヨティスは、楽しげでさえあった。


 若者ヤンチャを尊ぶ文化は、歴戦の老将のなかにも根付いている。



「《無頼姫の狼少女》も、ザノクリフ王国の正統を継いでおられるのなら、間違いなく我らの主筋。いまさら、我らが出しゃばる筋合いでもあるまい……」


「ひとつだけ、我らにしか為せぬことがあります」



 ジリコの言葉に、ヨティスとナッソスの眉がピクリと動いた。



「ルカス殿下の救出です」


「……なんと」


「それは、どういう……?」



 目を見開くふたりを、ジリコはゆったりと見据えた。



「草原の王になられたバシリオス陛下が、即位賛同を取り下げられたとはいえ、ルカス殿下はすでに即位式を行われております」


「う、うむ……」


「リーヤボルクのサミュエルとやらが〈摂政〉を僭称する根拠……」


「……忌々しいことだ」


「ただ、いまのルカス殿下は大神殿に囚われているも同然。お救い申し上げれば、リーヤボルクが王都に居座る〈大義〉を失わせることが出来ましょう」


「たしかに……」


「ひいてはペトラ殿下が、王都を退出されるキッカケともなりましょう」



 と、ジリコの視線が鋭さを増した。



「なにより……、ファウロス陛下の御子息を、リーヤボルクの意のままにさせておくことは耐え難い」



 ジリコの言葉に、ふたりは眉を寄せて何度もうなずいた。


 いるのかいないのか分からない、というところまで存在感の低下しているルカスだが、


 王都から引き離せば、リーヤボルク兵が少なからず動揺することは容易に想像できた。


 ジリコがナッソスを見据える。



「大神殿の祭祀は、ザイチェミア騎士団の儀典官メニコス殿が守っておられます」


「そうか……、メニコスが」



 と、ナッソスは悲痛な表情を浮かべた。


 メニコスもまた〈聖山戦争世代〉の70歳。ジリコやナッソスたちと同世代といえた。


 野蛮なリーヤボルク兵にあふれた大神殿で《聖山の神々》を穢させぬよう祭祀を守ることは、並大抵の努力では為し得まいと、ナッソスは眉をひそめた。


 その心中を察したジリコも、声を落とす。



「ナッソス殿は、メニコス殿と旧知の間柄と存じる」


「いかにも。聖山戦争中、王都ヴィアナに列候たちの神殿が建つまで、各地より集まる神像の祭祀をともに守った仲にございます」


「説得してくだされ」


「ん……?」


「ルカス殿下を大神殿からお救いする手引きを、メニコス殿にお願いしてくださらぬか」


「……なんと」



 驚くナッソスに、ジリコは身体をゼルフィアの方へと向けた。



「こちらの侍女ゼルフィア殿は、隠密の術に長けております。ナッソス殿を王都の大神殿までお送りくださいます」


「ナッソス様には、かならずや無事に行き来していただきます」



 と、ゼルフィアが優雅に頭をさげた。



「最終的にはザイチェミア騎士団の万騎兵長シリルを説得せねばなりますまいが、まずはメニコス殿の手引きが必要」


「う、うむ……」


「それには、われら老骨の絆を手繰るしかありますまい」



 ジリコの言葉は、ナッソスの胸に響いた。


 祭礼騎士団を取り仕切る万騎兵長ヨティスも、ナッソスを見て力強くうなずく。


 この動乱にあって、初めて年寄りたちに出番が回ってきた。


 もちろん、ジリコがナッソスの天幕を訪れたのは、リティアの差配であったが――。

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