第264話 灰になるぞ

 ロマナの怪訝な視線に気付いたリティアはうすく笑い、もう一度おなじことを言った。



「総攻撃は出来ないんだ」


「だから、それどういうことよ? ここまで来て日和ってるわけ!? リティアらしくもない」



 リティアとロマナが直接顔を合わせるのは、昨年の総候参朝以来である。しかし、昨日も会っていたような気安さで、ろくに挨拶も交わしていない。


 そんなふたりを、アイカは微かな憧れの気持ちを抱いて眺める。


 リティアはロマナを見詰める瞳に力をこめた。



「リーヤボルク兵は王都を出ない」


「……それが、なによ?」


「王都を戦場にすれば、あいつらは火を放つぞ?」



 クレイアを王都に潜入させた際、リティアはリーヤボルク兵の備えを調べさせていた。


 城壁をもたない王都ヴィアナ。


 戦闘になれば、即市街戦を意味する。


 そこを、どう防衛するつもりなのか、クレイアを通じて無頼たちにも調べさせていた。


 ロマナが、憎々しげに顔をゆがめる。



「……戦争なんだから、仕方ないじゃない」


「ヴールの神殿も灰になるぞ?」


「んんっ……」



 ふたたび表情に険しさを戻したリティアに、ロマナは返す言葉をなくす。


 アイカは、ザノクリフ王国の主城ザノヴァル城が焼け落ちた姿を思い起こし、顔を青くしていた。


 自分の魂を容れてくれたイエリナ。


 その幼き日々の生きた痕跡は何ひとつ残っておらず、すべてが焼け落ちていた。


 火を放つ――、その恐ろしさと残酷さは、まざまざとアイカの目に焼き付いている。



「……それは、ダメね」



 ロマナは、かろうじて声を絞り出した。


 王都内に構えたヴールの神殿には、古来から伝わる主祭神〈狩猟神パイパル〉の神像が祀られている。


 これが焼け落ちたとなれば、ロマナの権威は損なわれ、ヴール統治の正統性がおおきく揺らぐ。


 もちろん、ロマナ自身の信仰としても許しがたい事態だ。



「ロマナだけではない。聖山三六〇列侯、みなの権威に傷が入り、王国は今以上の大混乱に陥る。……まして王都に神像を集めさせたテノリア王家の威光は地に落ちる」


「……たしかに、そうだけど」



 ロマナは唇を噛んだ。


 祖父ベスニクの仇ともいえるリーヤボルク兵を、3倍ちかい兵力で囲んでいる。


 いますぐにでも攻め込み、怨みを晴らしたい想いに駆られているロマナは、堅く拳を握りしめた。


 ロマナの気持ちも分かるリティアは、その拳に手を置いた。



「……サーバヌ騎士団を壊滅させても、ラヴナラを長く攻囲しても、リーヤボルク兵は王都からピクリとも動かなかった」


「リティア、そのためだったの……」


「ほかにも色々仕掛けていたが、誘い出す策のすべてに乗ってこなかった。……リーヤボルク兵を率いるサミュエルは、間違いなく王都の価値を分かっている」


「……狡猾なヤツ」


「そうだ。ここからは、我慢くらべの知恵くらべだ。華々しい一大決戦に気をはやらせる将兵を抑えろ」


「……分かったわ」



 眉間にシワを寄せ、奥歯を噛みしめるロマナ。


 パンッと手を打ったリティアは、満面の笑みを浮かべた。



「さあ、これからは毎日ここでお茶会だ!」


「はあ!?」


「わたしとロマナの秘めた仲を世に知らしめなくてはな!」


「ちょっと、やらしい言い方しないでよ」


「アイカもだ!」


「は、はいっ!?」


「われら3人が心をひとつにしている様を見せつけねば、いずれ兵に動揺をうむ」


「……それはそうね」



 堅い表情でロマナがうなずく。


 ロマナが従える軍勢5万も混成である。中核となるヴール軍は士気も旺盛で、忠誠にも篤い。しかし、もとは西方会盟として敵対していた者たちもいる。


 蹂躙姫ロマナの圧倒的な威名で押さえ込んでいるが、隙を見せれば裏切ることも充分に考えられた。


 クレイアの淹れてくれたお茶に、リティアが口をつける。



「われらが楽しそうに遊んでいれば、リーヤボルク兵も誘われて王都から出て来るかもしれん」


「……もう、アイカばっかり」


「ええっ!? わたしですか?」



 恨めしそうに口を尖らせるロマナ。



「草原でも、この前のでも、リーヤボルクと直接戦ったのはアイカだけじゃない」


「あ、それは、なんか、すみません」


「はははっ。本当だな」



 快活に笑うリティアと不満顔のロマナを、アイカはキョロキョロと見比べてしまう。



「われらが王国内をまとめるのに必死な間に、いいところは全部アイカに持っていかれてしまった」


「ちょ……、義姉ねえ様までやめてくださいよぉ~」


「でも、総候参朝までに決着をつけるって宣言したからには、リティアにも考えがあるんでしょ?」



 アイカの困り顔で溜飲をさげたのか、ロマナもすまし顔をしてティーカップを手に取った。


 リティアは、アイカの頭をなでながらほほ笑む。



「中から崩すしかないな」


「まあ、そうよね」


「われらの侍女様方の出番だ」



 ニマリと笑ったリティアに、恭しく頭をさげる侍女たち。


 リティアの侍女アイシェ、ゼルフィア、クレイア。


 ロマナの侍女ガラ。


 そして、アイカの侍女カリュ、サラナ、アイラ。


 隊商の出入りを許した王都のなかで、侍女たちの暗躍が始まる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る