第263話 無機質の由来

 王都北郊の森にむかうリティアの目に、おおきく手を振る美少女が見えた。



 おっそーいっ――!



 と、アッシュグリーンのドレスを着たロマナが、飛び跳ねている。



「うるさいなっ」



 苦笑いするリティアが歩を早める。


 ロマナに直接会うのは、昨年の総候参朝以来である。


 だが、久しぶりという気持ちは湧かない。つい昨日も会っていたような感覚がして、自分でも可笑しみを覚える。


 かつて供物の狩りに付き合った折、飛び跳ねるロマナの背景には聖山テノポトリがそびえていた。


 しかし、いまは朝日に輝く王宮と大神殿を背にしている。


 リティア、ロマナ、アイカの三姫率いる軍勢が王都を包囲し、陣立てが整ったところで、



 ――北郊の森で茶会でも。



 と、誘ったのはリティアである。


 先行したクレイアとゼルフィアが、見晴らしの良い草原にテーブルをセットして控えている。


 アイカが2頭の狼と狩りをして、焼きたての鹿肉を頬ばったり、リティアが差し入れたシュークリームを食べたりしていた辺りである。



「早いな」



 と、リティアが笑うと、ロマナがふくれて見せた。



「そっちが遅いのよ。自分から誘っといて」


「はははっ。それもそうだ、悪かった」



 と、リティアがあたりを見回す。



「なんだ、アイカもまだか?」


「そうよ。義姉妹しまいそろって、わたしを待たせるなんて、失礼しちゃうわ」



 ロマナのふる舞いにも、時を隔てた遠慮のようなものは浮かばない。


 ほほ笑みながら、リティアが椅子を引いた。



「それでは、ロマナ様。さきにお座りくださいませ」



 悪戯っぽく笑うリティアに、



「よろしい」



 と、すまし顔で席に着くロマナ。


 そして、リティアも席に着くと、ふたりで吹き出す。



「なんだ、全然変わらないなロマナ」


「そっちこそ、すこしくらい大人になってるかと思ったら、なにも変わらないじゃない」



 たがいの侍女達にかこまれ、ひとしきり笑い合ったあと、


 たかく聳える王宮と大神殿を見あげた。


 ふたりが顔をあわせるのが総候参朝以来なら、王都の威容を目にするのも総候参朝以来である。



 ――帰って来た!



 その想いは同時に、いまだ王宮がリーヤボルク兵に占拠されたままであることに重なる。


 三姫の軍勢16万が包囲した王都は指呼の間にある。


 長かった戦いの終幕はちかい。


 ふと気配を感じ、ふり返ったリティアのまえでアイラが膝をついた。



「おおっ、アイラ……」


「イエリナ=アイカ陛下のおなりです」


「ん?」



 と、目線をあげたリティアの視界に、緋色のドレスをまとい、無機質な表情を浮かべて歩み寄るアイカの姿が入った。


 両脇に2頭の狼をしたがえ、森の中から静かに近付いてくる。


 その威厳と美貌に、リティアとロマナは思わず席を立って片膝をついた。


 王女と公女が、女王を出迎えるのに礼容としておかしなところはない。むしろ自然な振る舞いであった。



「ザノクリフ女王イエリナ=アイカである。茶会へのお招き、感謝する」


「ははっ」



 と、リティアとロマナがこうべを垂れると、途端にアイカの表情が崩れる。



「な~んちゃって。へっへー! おふたりとも、いつも抱っこ抱っこ言ってくるので、ちょっぴり仕返しです~」


「いやいや、なかなかの女王っぷり。お義姉ねえちゃんは安心したぞ?」



 と、笑いながら立ち上がるリティア。


 ロマナも感心したように苦笑いを浮かべる。



「いったい、そんなのどこで覚えたのよ?」


「へへ~っ。リティア義姉ねえ様のマネです~」


「わたしの?」


「そうですっ!」



 と、アイカは胸を張った。



「王都で踊り巫女のニーナさんたちが襲われたとき、ビア樽みたいなおっさんたちにやってたのを参考にしてます」


「ビア樽……?」



 アイカは、西域の大隊商マエルの手下が、踊り巫女ラウラを連れ去ろうとする場面に出くわしたことがある。


 かれらを撃退する際に、リティアが三衛騎士と見せたサイボーグのような無機質な表情にアイカは、



 ――ふぉぉぉ! かっけえ。かっけえよ!



 と、興奮したものであった。


 リティアが呆れたように、ため息を吐いて笑う。



「そんなこと、よく覚えていたな」


「はいっ! リティア義姉ねえ様とのことは、全部覚えてます!!」


「いいわね、義姉妹しまい仲良しで」



 と、口を尖らせたロマナに、リティアが悪戯っぽい笑みを向ける。



「妬くな、妬くな。わたしはロマナのことも大切に思っているぞ?」


「そんなの分かってるわよ。はやくお茶にしましょ? 侍女たち、みんな笑ってるわよ?」



 苦笑いして席につくロマナ。



「総攻撃の打ち合わせでもしようって言うんでしょ? 西南伯軍ウチのみんな、待ちくたびれちゃってるわよ」


「いや……」



 と、リティアも椅子に腰かけ、アイカもそれに続く。



「……総攻撃は、できない」


「はあぁ!? どういうことよ!? 敵は目と鼻の先じゃない!?」



 怪訝に顔をしかめるロマナ。


 リティアは険しい顔付きで、遠くに見える王宮を見あげた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る