第18話 鹿肉と狼少女
――これは、なかなか意表を突かれた。
と、リティアは破顔した額を、手で打った。
クロエ、ジリコ、クレイアを引き連れて郊外の森に到着すると、アイカは既に獲物の鹿を捌いて、焚き火で焼いて頬張っていた。
タロウとジロウも生肉にむしゃぶりついている。
なにもかも自然なことに見えるのが、却ってリティアに可笑しみを感じさせる。
「殿下!」
と、ヴィアナ騎士団千騎兵長のカリトンが慌てて立ち上がった。リティアの左衛騎士ヤニスはいつも通り、何事もなかったように立ち上がる。
アイカは火加減とリティアと両方が気になるのか、固まって顔を左右に振っている。
「よいよい。昼食を届けに来たのだが、一緒にパンとスープはどうかな? そうだ、シュークリームもあるぞ。シュークリームは分かるかな?」
「えーっ! ほんとですかぁ?」
横に腰を降ろすリティアに、よだれを垂らさんばかりの笑顔を向けるアイカ。リティアとクレイアの顔がまた綻ぶ。
「失礼を……」
と、畏まるカリトンに、リティアが座るように促した。
「私の侍女と狼たちの護衛、痛み入る。上長のスピロ万騎兵長にもよしなに伝えてくれ」
「ははっ」
「まあ、そう畏まるな。皆も座れ。ところでアイカ。その美味しそうな肉は私たちにもいただけるのかな?」
「あ、はい! もちろん」
アイカは後ろに置かれた肉塊を小刀で切り分け、木の枝に刺して火に焚べる。
――見事な手際だ。
山奥で一人で育ったという話に、嘘はなさそうだ。手は無駄なく動くのに、まだ小動物のようにオドオドしているのが、リティアの目には微笑ましく映った。
クレイアに目をやると、今にも抱きしめんばかりにウズウズしている。
「これは、旨そうですな」
リティアの後ろに腰を降ろしたジリコが、嬉しそうな声を上げる。主の背後を護るのが旗衛騎士たるジリコの役目だ。
「ジリコ老には懐かしそうだな」
「老はひどい」
と、笑ったジリコは、焚火に炙られる鹿肉に目を細める。
「聖山戦争の折には、こうして野営したものです」
「なるほど。それは、年の功だ」
まったくその通りですなと、ジリコが笑い声を上げた。
リティアは、アイカに顔を向けた。
「アイカは、いつも通りにせよという、私の言葉を守ってくれたのだな」
「あ……、はい……」
リティアたちの肉が焼けるのも待たず、一人頬張るヤニスが口を開いた。
「見事な弓の腕前だった」
「ほう。詳しく聞かせてくれるか? ヤニス」
「狼たちを森に放したと思ったら、背中から弓矢を取り出した。しばらくして、狼の遠吠えが聞こえたと思ったら弓を構え、森から飛び出した鹿を充分に近づけてから、一瞬で引き絞って射抜いた」
「へ、変だったでしょうか……?」
と、小声で呟くアイカを、ヤニスが見据えた。
「変ではない。見事だった。見直した」
ヤニスの賛辞で顔を真っ赤にしたアイカが「焼けました」と、リティアに差し出した鹿肉を、クレイアが受け取った。
「私から」
「毒味なら済んでるぞ」
と、愛想なく言うヤニスに「それでもです」と、答えたクレイアが鹿肉を頬張り、驚きの声を上げた。
「美味しいです!」
「へへっ……。と、獲れたてですから……」
リティア、そしてクロエ、ジリコも続き、焼きたての野趣溢れる鹿肉を口にすると、一堂に新鮮な驚きが広がる。
「さっぱりしていて、甘味さえ感じるな」
興味深く味わいながら頷く一堂に、アイカが言葉を続けた。
「と、とにかく血抜きをしっかりしっかりしてやれば臭みがなくなって、美味しく食べられます……。山奥には、塩も砂糖もなかったので……」
「
「石を砕いて、磨きました……。使い回しですけど……」
アイカが差し出した矢を、受け取ったクロエとヤニス、ジリコ、カリトンが舐め回すように観察する。
「熊を射止めたのも、この矢か?」
リティアの問いに対して申し訳なさそうに頷くアイカに、武人たちが感嘆の声を上げる。
「これは……」
カリトンが呆れたように口を開く。
「むしろ、騎士団に欲しい人材かもしれませんね」
「む、無理ですよぉ……」
と、謙遜でもない様子で、アイカが手を振った。
リティアが優しく微笑んでアイカに問う。
「どうしてだ? 見事なものだと思うぞ。それに、狩りの上手い者は立派な将になると言うぞ?」
「ひ……、人に向けて撃ったりできませんよぉ……」
華奢で小柄な少女が消え入りそうな声で呟く言葉に、一堂が深く和み、納得したことは言うまでもない。
ただ、その弓矢の腕前は、アイカが人々を驚愕させる、最初の出来事のひとつになった。
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