第281話 呑み込まれる

 踊り巫女姿の4人の女性王族は、黙ってペトラを見詰めている。



 ――このまま北に走り、王都を出ましょう!



 という妹ファイナの悲痛な訴えを、ペトラはやわらかく退けた。


 5人がいる北離宮は、王都の北の端に建っている。


 目と鼻の先に、アイカ率いる救国姫軍の陣が布かれており、駆け込めばすぐに脱出することができた。


 そしてアイカは、



 ――これ……、最初から密会場所が北離宮って分かってたら、みんなで踊り巫女のしなくても、わたしの陣からヒョイっと来れたんじゃないですかね?



 と、思っていたが、黙ってスンとした顔で座っていた。



 ――いいもの見れましたし!! いや、いまも見れてますし!!



 続く言葉を待たれていることに気付いたペトラが、薄く笑みを浮かべて口をひらいた。



「わたしは、討たれねばならぬ」


「そ、そんなことありません! お姉様はもう充分なお働きを為されました」


「……ファイナよ」


「われら姉妹、天空神ラトゥパヌに誓ったではありませんか! ……この命尽きる日まで、姉妹仲良く、共に助け合い、慈しみ合い、喜びも楽しみも、……苦しみも、分け合って生きていこうと」


「……そうであったな」


「お姉様は、わたしと交わした契誓をお破りになるのですか!?」


「ファイナ、そなたが私を慈しんでくれる気持ち、しっかりと受け取った。わたしも、おなじだけ、そなたを慈しんでおる」


「それでしたら!」


「……われらは《聖山の大地》に、ファウロス陛下の血を流した。ふたたび王国を統一するためには、そのあがないが要ろう」


「そんなもの……、リーヤボルクの血で良いではありませぬか」


「……王の血は重い。あのような痴れ者どもの血では到底、あがないとはなるまい。いや、そうしてはならんのだ」



 寂しげな笑みを浮かべ視線を落すペトラ。


 ふいに、リティアが快活な笑い声をあげた。


 みなの視線がリティアにあつまる。



「そんなもの、要りませぬ!」


「……わたしの血では、あがないにはならぬとでも?」


「われら三姫……、わたし、ロマナ、アイカの3人は、父王ファウロスと同様に、武力をもって《聖山の大地》の平定を成し遂げました!」


「……それは」


「《聖山の大地》には、既にたくさんの血を吸わせてしまいました! いまさら、あがないの血など、必要としてはおりません!」



 おおきく目を見開いたペトラは、リティアの《天衣無縫》に呑み込まれそうな自分に気が付き、


 キュッと目を堅くほそめた。


 リティアは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、そのペトラの顔をのぞき込んだ。



を用意します」


「家……?」


「ペトラ殿下がこの先ずっと、心穏やかに過ごしていただけるです。であろうとも、ペトラ殿下の望まれる形で、迎え入れます。この《天衣無縫の無頼姫》リティアの名に懸けて、誰からも文句は言わせません」


「……いかなる形でも」


「そうです! こちらに座る《清楚可憐の蹂躙姫》と《奇想天外の救国姫》が証人です! ペトラ殿下とファイナ殿下にお約束いたします!! ……神に誓うより、女同士の約束の方が、破ると怖いでしょう?」


「……ふふっ」



 片目をほそめたリティアの笑みに、ペトラもおもわず笑い声をこぼした。


 リティアはもう一段、身を乗り出して、ペトラにささやく。



「……ペトラ殿下は、最後にを残しているとお考えなのでしょう?」


「それは……」


「果たして下さいませ」



 真剣な色を帯びたリティアの夕暮れ色をした瞳に、ペトラが息を呑む。



「邪魔はいたしませんし、我らもペトラ殿下がを為される時まで、静かにお待ちいたします。ただし……、為された後は、必ずわれらの陣中にお運びください」



 ペトラは、サミュエルをはじめリーヤボルク歴戦の将や蛮兵たちを相手に、いちども怯まず、一歩も退いたことはない。


 だが今は、リティアの放つ《ファウロスの娘》の気迫に、完全に呑まれていた。


 まるで心を操られてしまったかのように、自然と首を縦に振った。


 リティアはニコリと笑って席を立つ。



「ペトラ殿下はお約束くださった! ロマナ、アイカ、行こう。陣に戻り、ペトラ殿下のお越しをお待ちしよう!」


「あの……」



 と、見あげたファイナに、リティアがささやく。



「外でお待ちしております。わずかな時間で申し訳ないが、姉君とおふたりでお過ごしください」



 ハッと顔を見るファイナに、リティアはニコリと笑みを返し、扉に向けて歩きはじめた。


 ロマナとアイカも、ファイナに笑みを向け、ペトラにかるく会釈してから席を立った。



「……こ、この恰好で、なにもせずに待ってるのは、気恥ずかしいわね」



 と、廊下でほほを赤く染め、胸元を隠したロマナの肩を、リティアが抱いた。



「な、なによ?」


「ロマナが恥ずかしいのを我慢してくれてるおかげで、部屋の中では姉妹が抱きあって過ごせるのだ」


「そんなの、分かってるわよ。……ちょっと言ってみただけじゃない」


「ふふっ。意外と似合ってるぞ? 今度、一緒に踊るか?」


「バ、バカ言わないでよ! 絶対イヤだからね……って、アイカも期待した目でこっち見ないで! もう! なんなのよ、こっちの義姉妹しまいはっ!!」



 しばらくして、目元を赤くしたファイナが部屋から出て来て、三姫にふかく頭をさげた。



「よしっ! 逃げるぞっ!」



 と、リティアの合図で、4人の女性王族はそのまま北に、アイカの陣中まで駆けた。



   *



「この姿を、絶対、部下には見られたくない!!」



 というロマナの強い意向で、みながアイカの天幕で着替えた。



 ――きっと、ペトラは王都を脱出してくれる。



 その想いで満たされた天幕の中には、穏やかな空気がながれる。


 さきに着替えを終えたロマナは、木箱の上に腰を降ろし、



「あー、恥ずかしかった。ほんと、二度とやらないからね!? 今回はペトラ殿下のために特別なんだからね!」



 と、まだ赤いほほを、指で持ちあげたり伸ばしたりしている。


 ファイナは上品な困り顔に笑みを浮かべて頷き、リティアは悪戯っぽい笑みでロマナを見ていたが、


 アイカは気付かれないうちに、ロマナの背後に立っていた。



「ふふふふふふふふふふふふふ」


「わぁ、……なによ?」


「私は知っています」


「……なにをよ?」


「今日のことも、いつの間にか言い触らされているのです」


「言い触らす? 誰が?」


「リュシアンさんです」


「は?」


「聖山神話に奇跡の一節が加わった! とかなんとか、なことを言って、みんなに言い触らされるのです。私は知っています」


「いや……」


「だいたい私の《奇想天外》は、いつのまに漏れて、いつのまに広まったのでしょう?」


「そ、それは……」


「リティア義姉ねえ様がポロッと漏らされた一言が、なぜかリュシアンさんの耳にまで届いていたのです」


「ちょ、ちょっと……、怖いこと言わないでよ」


「ほどよい大きさのおっぱいを白いビキニに包んだ蹂躙姫とか、ペタンコで揺れない救国姫とか言い触らされてしまうのです!!」


「え? ……イヤなんだけど」


「……総候参朝、もうすぐですね」


「あ……」


「……王都の角々に吟遊詩人さんたちが立ちますね。……最後は、列候さんたちのまえで披露されるんですよね?」


「イ、イヤァァ――――――っ!!」


「なにをふたりして遊んでるんだ? ファイナ殿下が戸惑われてるじゃないか」



 と、笑い飛ばしたリティアであったが、当然のようにこの密会は聖山神話にのこり、後世まで詠い継がれた。


 ただし、三姫の胸の大きさがどうとか詠われることはなかったが――。

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