第46話 高貴な中庭 *アイカ視点

 小宴がお開きになって、中庭で控えてたタロウとジロウを構ってやる。



 テラスの小さなテーブルを、リティアさん、ステファノスさん、ユーデリケさん、それにアナスタシアさんが囲んでる。



 小宴が開かれてたホールから、女官の皆さんがお片付けしてる音が、小さく響く。



「王都の様子はいかが?」



 アナスタシアさんが、さっきまでの砕け過ぎた雰囲気を正して、リティアさんに尋ねた。



「良いとは言い切れません」



 と、リティアさんも穏やかに応えた。


「私は……」と、アナスタシアさんが言葉を区切った。


 秋の虫の音が聞こえた。



「……旧都こちらで、『詩人の束ね』のお役目を引き継げるよう努力いたします」



 見てない視線が、私やタロウやジロウに向けられてる。



「ただ、審神さにわの御業まで、お引き継ぎ出来るかは『ネシュムモネ』の御心次第……」



 リティアさんが口を開いた。



王太后おばあさまのお加減は?」



 ユーデリケさんが、首を振った。



「良くはございません」



 ステファノスさんが、持ち出してたワインのボトルを傾けた。



「それぞれ、自分の出来ることをやるしかない」



 女官さんが小さなランプをテーブルの上に置いた。


 揺らめく光にリティアさんの整った顔立ちが照らされて、妖しいほどに美しい。いや、皆さんがお美しく、なんてお席なんだと見惚れてしまう。セピア色の写真に残したい。



「バシリオスは壮健か?」



 と、ステファノスさんが言葉を継いだ。


 次の王になるはずの異腹の弟、側に座る父王の正妃の長男。その近況を、別の異腹の妹に尋ねた。



「ええ。兄上はいつもと変わらず……」



 居合わせた4人の高貴な王族。


 それぞれの頭上に、何かがのしかかってることが、私にも見てとれた。



「エメーウ殿のお加減はいかが?」



 アナスタシアさんが話題を変えた。



「相変わらずです。良くもならず、悪くもならず」



 ――ううっ、つらひ……。



 エメーウさんの病気が『詐病』であることを、ここにいる人の中で、たぶん私だけが知ってる。あの後、ひとりで呼び出されて、キツく口止めされた。


 どんな理由でこうなってるのか教えてもらえなかったけど、恩人のリティアさんに隠し事があるのはツラいなぁ……。


 あの超絶美人さんから、哀願するような目を向けられたのは悪くなかったけれども。


 てへっ。



王太后おばあさまには、明日か?」



 と、ステファノスさんがリティアさんに尋ねた。


 おばあちゃんに会いに行くっていう気軽さは、皆無。お一人お一人が高貴でお殿様、みたいな関係性はなかなか私には馴染まない。



「いえ、『聖都大詩選』の期間中ですので、空き時間が出来たら報せが来ると」



 と、リティアさんが向けた伺うような視線に、アナスタシアさんが応えた。



「お身体のご負担になり過ぎないよう、休みを取りながら臨まれております」



 アナスタシアさんは少し困ったような笑顔をした。



「それでも、吟遊詩人たちと会えば気分が晴れるようで。私も全て立ち合わせていただいているのですが、まだ代わりという訳には……」



 アナスタシアさんが見上げた夜空には、三日月ほどに膨らんだ月。


 突然、ジロウが遠吠えした。


 つられてタロウも遠吠えをする。


 皆さんは狼たちに目を取られて、少し驚いた表情をしたあと、頬を緩ませ空を見上げた。



 ◇



 ――第3王女リティアさん、王妃アナスタシアさん、第2王子ステファノスご夫妻。



 この後まもなく、王国が巻き込まれる動乱で、三者三様の立ち位置を取らざる得なくなる。


 けれど、このとき狼たちと三日月を見上げた、王国の平安を願う皆さんの気持ちは、本当だったと思うんだ。

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