第42話 旧都の高台(1) *アイカ視点

「これは、狼娘殿ではないかな?」



 クレイアさんに連れてきてもらった高台のテラスで、聞き覚えのある声に呼び止められた。



「リュシアンさん!」



 結界が解け、私が山奥のサバイバル生活を終えて王都に向かう道中で出会った最初の人間、リュシアンさんが顎に手を当て、見覚えのある皮肉っぽい笑顔で立っていた。



 ――異世界第一遭遇男前。



 私は心の中でリュシアンさんを、そう名付けていた。


 鮮やかな赤地に派手な柄が縫い込まれた服を着崩す優男風の男前。王都に着いてからはマッチョ系美男子が多かったので、却って新鮮に見える。


 タロウとジロウが、懐かしそうにリュシアンさんの足下に寄った。



 ――そうか、お前たちも懐かしいか。



 17年間の日本、7年間の山奥サバイバル生活、それに比べたらたった2週間ほど前に別れたばかりのリュシアンさんが、やけに懐かしい。



 ――リティアさんに出会って、クレイアさんに出会って、王様に会って、美男美女に囲まれて……。



 わずか2週間ほどの出来事が、一気に思い起こされた。



「リティア殿下の侍女になられたと、噂が聞こえていたので、再会できるなら王都かと思っていたが」


「殿下に連れて来ていただいて、今日、着いたところなんです」


「こんなところで会えるとは『太陽神カフラヌス』のお導きか」



 リュシアンさんが、目を細めて中天を見上げた。



 ――相変わらず、キザな仕草が様になりますなぁ。



 私。クールビューティな美人と、キザな優男系男前に挟まれちゃってるよ。


 しまった。クレイアさんを放ったらかしにしちゃった。怪訝な顔してる。美しい。



「あ、ごめんなさい。山奥から王都に出てくる途中で出会った、リュシアンさんです。道を教えてもらったり、楽器を弾いてもらったり、とてもお世話になりました」



 と、私が紹介すると、リュシアンさんは優美な所作で深々とクレイアさんにお辞儀した。



「リティア殿下の侍女、クレイア様とお見受けいたします。吟遊詩人のリュシアンと申します」


「存じ上げております。アイカとそのようなご縁がありましたか」


「なに、旅は道連れ。出会いは吟遊詩人の糧ですよ」


「リュシアン殿が、昨年の『王都詩宴』でご披露された詩歌の見事な調べは、今も心に残っております」


「あいや、これは恐れ入ります」



 ――ふおぉぉぉぉ。クレイアさんの「よそゆき」の笑顔、眩しいです。



 大人――しかも、美形同士――が、大人の作法で丁寧な挨拶を交わす。


 その場を共有する。


 人間社会のキャリアが17歳で途絶えてた私には、とても新鮮。旧都に連れてきてもらってから、ちょくちょくそういう場面に出くわす。今のアイカより2歳年上なだけの15歳のリティアさんも、ひどく大人に見えた。


 社交とはこれか。違うか? どうなんだろう?



「リティア殿下は?」



 と、リュシアンさんがクレイアさんに尋ねた。



「宰相閣下や大臣たちの居館を回られております」



 それは、ご苦労様なことでと、リュシアンさんがハッキリと皮肉な笑顔を浮かべた。


 クレイアさんも穏やかな苦笑で応えてる。


 王都ヴィアナに遷都するとき連れて行ってもらえなかった世襲貴族の皆さんは、前にも増して因習や慣習に拘るようになってて、私は一緒に行かない方がいいって言われた。


 それで、クレイアさんと旧都をプチ観光中だった。


 宰相なんて、すごく偉い人のはずなのに、テノリア王国では名目上のもので、何の実権もないらしい。


 天皇さんが自分で幕府開いちゃって、名目だけの関白さんが古都にいる感じか……な? 旧勢力を置き去りにって意味では、平安遷都なんかも私の薄い知識から思い出すけど、どうなんだろう?


 高台から見下ろす旧都テノリクアは整然としてて、由緒ありそうな街並みが城壁の中に静かに収まってる。


 あの中に、礼儀正しくてややこしい人たちも収まってるんだろう。



「狼娘殿を退屈させてしまったかな?」



 と、リュシアンさんに後ろから声をかけられた。


 はっ。こういうときは、ニコニコ話を聞いてるフリをしないといけなかったかな?



「そんなことないです」



 いや、フリも失礼か。



「王宮暮らしは窮屈ではないですかな?」



 クレイアさんの前でなんてこと言うんだ、この優男は。


 精一杯、首を振って否定する。



「そんなことないですよぉ。皆さん、良くしてくれますし……」



 ……美人さんばかりでと、言ってはいけないのだった。危ない。



「それはなにより。今年は狼娘殿との出会いを詩にまとめて、王太后陛下に奉納させていただいた」


「まあ! それは光栄なことですよ。アイカ」



 と、クレイアさんが本当に私のことを喜んでる笑顔で肩を抱いてくれた。



 ――まあ、とか言うんだ。クレイアさん。



 私が世話になった優男さんは、どうやらスターのような人らしい――。

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