第85話 愛でる心

 カリュはリティアに仕えるあたって、最初に重大な告白をした。自分がアルナヴィスの間諜であるということだ。それも、特殊な訓練を受けているという。


 全てを覆され、捕えられてもやむを得ないと覚悟して告白したカリュだったが、



「それは、役に立ちそうだ!」



 と、リティアは笑って受け入れてしまった。


 これまで、国王宮殿で何を探り出し、アルナヴィスにどんな情報を流してきたか、一切不問とした。


 戸惑うカリュに、



「もう、カリュは私のものだからな」



 と、リティアは笑うだけだった。


 アイシェたちも、特に気にする様子は見せず、隔てなく接してくる。



 ――私は、籠絡されたか。



 と、カリュは苦笑いしないでもなかったが、胸に手をあてリティアに忠誠を誓った。


 その豊かな胸に写ったエディンの絵を消せずにいたカリュに、



「カリュ。お前、くさいな」



 と、言ったリティアが、無理矢理大浴場に連れ込んだのは、2日ほど前のことだ。


 久しぶりに第六騎士団の女子大入浴会が開かれ、アイカの瞳にも光が戻った。


 広い大浴場にリティアもアイシェもゼルフィアもクレイアもカリュもクロエもドーラもメラニアもいる。タロウとジロウもいる。


 シルヴァとケレシアも呼ばれて、北街区からアイラとガラと、まだ王都に残っていた踊り巫女のニーナとラウラとイェヴァも呼ばれた。


 それでも、まだまだ広い大浴場で、一緒になって背中を流し合い、笑い合った。


 皆の心の底に沈澱した、鬱屈とした思いをも洗い流すかのように、白い泡にまみれ、温かい湯に浸かり、湯を掛け合った。


 アイカの心の中では、



 ――ふぉぉぉぉぉぉ。



 という叫びが、久しぶりに響いたが、誰にも気付かれない。


 皆で食事を囲み、夜遅くまで下らない話に花を咲かせた。


 その宮殿に別れを告げることになる。いつ戻れるのか分からない。



 カリュの諜報の腕は確かだった。ヴィアナ騎士団の警備体制が丸裸にされていく。やはり問題は、リティア自身をどう脱出させるかであった。即位に賛同を求められているリティアへの警戒が厚い。


 宮殿に入る者へのチェックは甘いが、出る者に対しては、かなり厳重に行われている。


 それに、ペトラとファイナも置いては行けない。恐らく、この両内親王への警戒も厳重な筈である。


 リティア自身、この先の身の振り方に確たるものがある訳ではない。


 誰が次の王位を襲うべきか、考えもまとまっていない。


 しかし、第3王女として果たせる役割がある筈だ。そのために一旦、王都を退き、生き延びる。


 リティアはカリュの説明を聞きながら、半分ほどに欠けこれから鋭さを増していく月を眺めて、決意を固めていた。


 アイカは、そんなリティアを愛でる心を取り戻していた――。

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