第21話 若々しい国
――これは、尋常な娘ではないな。
リティアは自分の目でも、アイカの弓の腕前を見届け、感嘆の声を上げた。
タロウとジロウ、そしてアイカの今日の獲物は猪だった。アイカの小さく華奢な身体から放つ矢勢で仕留められるよう、猛進してくる猪を恐れることなく、充分過ぎるほどに引き付けてから放つ。その胆力にも驚かされた。
さらに驚いたのは、獲物を樹に吊り上げ血抜きを行う手際の良さで、服も汚さず解体を終えたときには、言葉を失っていた。
「へへっ……」
と、顔を赤くしているアイカに、リティアが駆け寄り肩を抱いて褒めちぎると、アイカの顔は熟れた林檎のように、ますます赤くなった。
――いまだ正体不明の、守護聖霊の働きだろうか?
リティアは、王国で最も優れた
『万騎兵長議定』が閉会すれば、すぐに王太后のいる旧都テノリクアに旅立つ。
実務的な議論は、実戦指揮官たちだけで行われる。リティアの役目は、一日の最後に報告を受けることだけで、よほど紛糾した場合に裁定することはあっても、主宰役を務める王族が会議に立ち会うことはない。
毎朝、開会を宣し、最後に報告を聞く。この繰り返しが、あと5日間続く。
リティアが待ち遠しい思いで、旅の段取りなどを考えている間にも、アイカは慣れた手付きで火を起こし、切り分けた肉を焼いてくれる。今日は調味料を持参したので、一堂の顔が更にほころぶ。
猪の肉は、鹿肉に比べると、やや臭みがあったが香辛料が消してくれた。
アイカが、一口食べる度に頷きながら噛み締める。美味しいのだろう。囲んでいる一堂が微笑ましく眺める。
もちろん、アイカはサバイバル生活で望んで止まなかった調味料に感動していた。
クロエ、ジリコ、ヤニスのリティアを護る衛騎士3人と侍女のクレイアのほかに、カリトンも一座に加わっている。配下に不心得者を出した処分として、王都北郊の森――アイカたちが狩りをしている森――の警備を、王太子から命じられた。謹慎とリティアへの配慮を兼ねた処分になった。
――今日は秋の風が吹いている。
猪肉を食べ終えたリティアは、少し離れてじゃれ合うタロウとジロウを眺めた。
アイカは、風を気持ち良さそうに浴びるリティアの横顔を愛でながら、今日聞いた話を自分なりに整理してみる。
――武力で召し上げた累代の神像を王都に祀らせ、年に一度『総侯参朝』として参らせる。
正確にはテノリア王国の主祭神である『天空神ラトゥパヌ』の祭礼日に、総ての列侯を王都に集めて参らせる祝祭が『総侯参朝』。
列侯各々が祀る神々の祭礼日は別にあり、結果、年に二回『参朝』するのが習いになっているようだ。
――神像を人質にとった『参勤交代』のようなものか。
ぼんやりと、そんな想像をしてみた。
立ち並ぶ神殿群が、大名の江戸屋敷。幕藩体制のような関係ってことかと、想像を巡らす。
学校で習った歴史の授業や、父の本棚から乱読した断片的な知識ながら、アイカなりに
――「今度の人生」は、うまくやりたい。
幸い、出会いガチャは今のところ引きが良いように思える。王都に来てから既にたくさんの人と知り合えたけど、斜に構えた人や冷笑的な人に出会わない。
大きな戦争に勝って、国づくり、街づくりの活気に溢れているように感じる。人々に熱気がある。
皆が皆、明日はもっと良くなる、明日はもっと豊かになると信じているようだった。
戦後復興から高度成長期と言われる頃の日本がこんな感じだったのだろうかと想像してみる。いや、むしろ五〇年代から六〇年代のアメリカか。戦争で勝って経済が発展してベビーブームが来て、街にロックが溢れてた、……らしい。
国全体が若々しくて輝いていたように描かれた本が、父の本棚から乱読していたなかにあったような気がする。
――そうだ。この国は若々しい。
まだ、街で暮らす市井の人たちとちゃんと会えてないので断定は出来ないが、今感じている活気や熱気を表現するのに、若々しいという言葉はしっくりくる。リティアやクレイアはもちろん、老いた国王ファウロスや、初老の衛騎士ジリコにさえ、若さを感じる。
――そんな経験ないけど、私もなにか夢を持ってもいいのかもしれない。
まだ碧い草原でくつろぐ王女や騎士たちを眺めながら、アイカはこれからの自分に想いを馳せた――。
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