第20話 やめらんねぇ! *アイカ視点

 クレイアさんが床に手を着いた。



「ぬかった……」



 なんか、すみません。


 でも、私の部屋で四つん這い姿勢だなんて、重力が悩ましい……。



 ――いや、これ。やめらんねぇな! キレイですもん! クレイアさん!



 褒めちぎるわ。心の中で褒めちぎっちゃうわ。皆さんの美貌を、褒めてしまいますよ! 褒めて、愛でてしまいますよ!


 だって、キレイな人を愛でて妄想に楽しむことだけが、心の張りで生きてきたしなぁ……。



「ごめんね……。側妃サフィナさまのお姿を褒めたりしたら、取り返しのつかないことになるところだった……」



 そうか。リティアさんの侍女が、面と向かって側妃さまに呪いをかけたことになるのか。それは確かに大事になりそう。


 と、思う反面、内心の自由を守れ――っ! という、心のデモ隊が大行進もしている。



「大丈夫、私もアイシェも『聖山の民』じゃないし」と、ゼルフィアさん。



 ……そうなんですか?



「私たちは、リティア殿下の母君、側妃エメーウ様の故郷、ルーファから遣わされた『砂漠の民』だから。つい、心の中で褒めちゃうときもあるよ」


「は、はい……」


「でも、人を見た目や容姿で判断しない戒めとして、よくできた信仰だとは思うから、最近はほんとに思うこともなくなったよ。アイカもすぐ慣れるよ」



 な、慣れたくねぇ……。


 頭のどこかでは、既にゼルフィアさんの笑顔を褒めちぎってるよ。


「失礼します」と、ノックして入って来たのは、昨日狩りから帰ってすぐ、私専属の女官さんになってもらったケレシアさん。明るい色でヒラヒラのワンピースなんか着て、賢そうな娘さんの手を引いてるのが絵になりそうな、上品でハイソなセレブ風お姉さま。


 今着てるメイド服もお似合い。


 王宮には通いで出勤してる28歳で、実際に11歳の娘さんを育ててるそう。



「お洗濯できてましたよ」



 柔軟剤のコマーシャルかよって笑顔で、私が山奥から着てきた洋服を手渡してくれると、ふわふわの洗い上がり。お洗濯担当の女官さんが大切に扱ってくれたんだなぁ。


 お礼を言いに行きたいけど、そういうものでもないらしい。心の中で感謝。心の中が忙しい。


 若いお母さんなケレシアさん。明るいブラウンのふわっとした巻き髪が、陽の光に金色で輝いて透けて見える。


 アイカに近い年頃の娘さんもいる、……お母さん。



 ――嗚呼。リティアさんには、私のほしいもの、してほしいことを次々に見抜かれていく。



 侍女に専属の女官さんが付くのは異例のことらしい。私が13歳のお子さまだからこその計らいのようだ。


 お母さん――って呼びながら、そのほどよい胸に飛び込みたいよ。


 ほどよいは余計だな。うん、余計だ。


 その胸に飛び込んでいい娘さんは、別にいる。



「今日は側に置いておく? それとも、クローゼットに仕舞っておこうか?」


「あ……。今日は持ってます……」


「うん。分かった」



 心の中では、ケレシアさんのお美しさを褒めちぎってしまいますが……。


 美の女神さま……。まだ貴女の名前も覚えられてない私は、貴女のこと信じてないので、呪いもナシでお願いします。目の前に現れてくださったら、きっと貴女のことを一番に褒めちぎる私です。


 昨日、狩りから戻ってケレシアさんを紹介されて、それから更なる衝撃は、自室に立派な浴室が備えられていたことだった。



 ――自分の部屋に……、風呂だと……?



 一人で使うには広すぎる浴室。タロウとジロウも充分に洗える。侍女の待遇、良すぎませんか?


 と、驚いている私に、ケレシアさんが使い方を教えてくれて、クレイアさんとドーラさんも来てくれて、4人で素っ裸になって一緒にタロウとジロウを洗って、一緒に広い湯船に浸かった。


 たぶん、ドーラさんは狼たちを警戒して、念のため来てくれてたんだと思う。


 けど、アイドルグループでツンデレ担当してそうな幼い顔立ちのドーラさんが、実は31歳で5歳の息子さんがいるお母さんだって話に驚いたり、賑やかで華やかな美人さんたちの女子トークの輪に加わってる自分が不思議でならなかった。


 そして、いつの間にか、お母さんとお姉さんと、家族で一緒にお風呂に入ってるようにも錯覚してきて、なんだかとても満たされた。


 今も、女官のケレシアさん、侍女の先輩お姉さん2人。それに、隣の応接間にはタロウとジロウ――弟たちに、私が囲まれてる。かりそめの幻想だとしても、今が満たされることが、ひどく心地良いい。


 ふと、こみ上げてくるものを感じて、元の濃紺色が蘇った洗い立ての洋服に、思わず顔を埋めた。


 そんな私を包む、美人のお姉さんたちが顔を見合わせて、微笑み合ってるのが分かった。


 きっと今こそ、愛でたい、美しい表情をされてるに違いないのに、私はなかなか顔を上げることができなかった――。

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