第126話 辺地(1)

 かつて、アイカや狼たちと北郊の森を駆けたカリトンが、帷幕にあって跪いている。


 その正面に、悠々と腰掛けているのはヴィアナ騎士団万騎兵長のノルベリであった。



「まあ、そう堅くなるなよ」


「いえ……」



 ノクシアスが『クセもの』と呼んだノルベリは、肩をすくめて紅茶を勧めた。



「紅茶……」


「むさくるしい帷幕には不釣り合いだとでも言いたそうだな?」


「いえ……」


「道ゆく隊商から買ったのさ。王都を出るとき、カネは余分に持って出た」



 ノルベリは香りを楽しんでから、紅茶を一口飲んだ。



「先は長そうだから節約しないといけないんだが、紅茶だけはやめられなくてな。貴殿もどうだ?」


「いえ……、私は……」


「これ以上断ると、かえって不敬というものではないかな? 千騎兵長のカリトンよ」



 と、椅子を勧められたカリトンは、少し足を引き摺って腰を降ろした。


 ノルベリは、ポットから注いだ紅茶を、カリトンの前に置いた。



「ルカスは、長期戦の構えだ。惨めな敗残者たる我らは、先王ファウロス陛下の遺命に従い、ハラエラの守備につく。もっとも、ハラエラ行きはバシリオス殿下お一人にお命じになったことだがな」


「ルカス…………、とは?」



 ふふっと笑ったノルベリは、紙片をカリトンに渡した。



「布告だ。写しだがな。我らの第3王子ルカス殿下は、ヴィアナ候の座にお就きになられた」


「ヴィアナ候……」



 ルカスとの決戦に敗れ、ノルベリは手勢をまとめて北に落ちた。


 その敗戦を招いたのは、カリトンの上長スピロの裏切りであった。が、王太子の謀叛だけでも充分に心を重くしていたカリトンは、さらなる裏切りに耐えられなかった。


 麾下の兵を率いて、スピロの万騎兵団から離脱。あてもなく彷徨った末に、ノルベリの下にたどり着いた。


 その間に起きた王国内の動きは、なにも知らなかった。



「まあ、リーヤボルク兵は荒々しいだけで強くはなかったし、まずは王都で籠城といったところだろう」


「ノルベリ様……我が配下の兵を、お引き受け下さい」


「いいよ。何人いる?」


「……300ほど」



 当初1,000いた兵は、覇気を失ったカリトンを見放し、次々と逃散していった。


 戦の前から、奴隷売買に関わる不心得者を出し、王都を脱出するリティアの配下の者に太ももを射抜かれて取り逃し――と、カリトンの名声は地に落ちていた。


 700名近くが離散していくのを、止めることは出来なかった。



「俺の手元が7,500ってところだ。合わせて8,000。ま、ちょうどいいんじゃないか? 王国騎士団かヴールの強兵でも相手にしなけりゃ、攻め滅ぼされることもなく……、かつ、持って出たカネで1年は養えるだろう」


「それほどに……」


「お前んとこはスピロを筆頭に、皆んな純情だからな。この程度の備えもせずに、よく王国騎士団で務められると感心するよ」



 と、ノルベリは口の端を上げながら、机に地図を広げた――。

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