第127話 辺地(2)

「見ろ、カリトン。ここが今俺たちのいるハラエラだ」



 ノルベリが指差す地図を、カリトンは虚しく眺めた。王国の版図にも含まれない辺地。そこに、寡兵で身を寄せ合う敗残兵の集団。が、自分の置かれた身の上に、唇を噛む気力も残されていない。



 ノルベリの指先が、王都ヴィアナに移動する。



「王都にはザイチェミア騎士団、約1万。おそらくスピロの残兵も吸収している。リーヤボルク兵は5万5千。まだまだ数の多さが厄介だ」



 ノルベリは、スススッと、地図上で指を動かしていく。



「北の旧都に、ステファノス殿下の祭礼騎士団1万」


「南のラヴナラに、カリストス殿下のサーバヌ騎士団2万」


「さらに南には、サヴィアス殿下のアルニティア騎士団1万」


「その西には、ヴール軍およそ2万」



 ノルベリは、地図から手を離し、まじまじと眺めた。



「分かるか、カリトン? 皆んなで仲良く攻め込めば、王都は間違いなく陥せる」


「あっ……」


「しかし、そうはならないことを、俺もお前も知っている。互いに牽制し合って、時がいたずらに流れる。だが、ルカスの方が、いずれかの勢力を討とうと王都を動けば――?」


「……、ハラエラから……腹背を突ける……」


「そうだ。そんなときが来るかどうかも分からないが、俺がここに潜むのはその時を窺うためだ。リーヤボルクからの王都解放。それしか、俺たちが誇りを回復する手立てはないだろう」


「……そんな時が訪れましょうか?」


「さあな。ステファノス殿下は旧都で王太后陛下と先の王妃陛下を抱え込んで、沈黙を守っている。長子でありながらバシリオス殿下を正統と認め、カフラヌス騎士団を祭礼騎士団と名前を改めてまで、王都を退かれた身の上だ。今さら王位に色気ありとは動きにくいだろう。

 カリストス殿下は、王弟の身の上で、一旦、王統から外れている。自らの即位を狙うには、バシリオス殿下の娘を孫の正妃に迎えていることも、正統性を訴える重石になるだろう。

 サヴィアス殿下は……、よく分からん」



 ノルベリは、皮肉めいた笑みを浮かべて、地図上のアルナヴィスを眺めた。



「よく分からんが、王子王女のどなたかが、サヴィアス殿下を王位に推すとは考えられん。つまり、王国はこのまま5つに割れたまま推移する可能性が高い……」



 ノルベリの話は、疲れ切っているカリトンにも分かりやすい。


 ルカスとリーヤボルク、ステファノス、カリストス、サヴィアス、西南伯……。たしかに、いずれはこの5つの勢力圏に収斂されていきそうである。



「だが、カリトン千騎兵長よ。我らは、そんなに長い間待つことは出来ない。



 ノルベリは、初めてカリトンの顔を正面から見据えた。



「この状況をるとしたら、リティア殿下お一人だ」


「リティア殿下……。今はいずこで……」


「王都を脱出されて、恐らく、ルーファに向かっている。大路は警戒されているだろうから、フェトクリシスかパトリアを経由されるはずだ」



 リティアの王都脱出を、みすみす取り逃がしたのはカリトンである。リーヤボルク兵に王都を占拠された今となっては、それで良かったのだとも思える。が……、思い起こすと、苦いものを感じずにはいられない。



「カリトン。しばし、ハラエラで傷と疲れを癒したなら、旧都テノリクアに向かってはくれぬか?」


「旧都……?」


「リティア殿下が王国に帰還されるにあたっては、必ず、旧都のステファノス殿下の助力を求められるはずだ。それを援けてもらいたい」



 ――また、リティア殿下か……。



 と、カリトンは、心に重たいものを感じた。


 アイカと狼たちを通じて、リティアには随分と親しく接してもらった。人柄に惹かれていたし、無事であって欲しいとも思う。だが、節目節目で、リティアに対するイヤな役目を命じられる。ノルベリが命じていることも、自分たちの復権のため、リティアを利用せよということだ。


 ただ、自分に最後まで付いて来てくれた300の兵をノルベリに預け、一人身軽になって旧都に向かうのは、様々な想いを一身に抱えたカリトンにとっては、ありがたい役目でもあった。



「いずれにせよ、一旦、その身を休めてからのことだ。どうだ? 頼まれてくれぬか?」



 と、自分を見詰めるノルベリに、カリトンは小さく頷いた――。

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