第128話 審神者の郷(1)

 アイカの目に、リティアと母エメーウの笑顔が映った。


 リティアの侍女たち、アイシェ、ゼルフィア、クレイアも笑顔で囲み、エメーウの侍女セヒラが微笑ましそうに見守っている。


 リティアたち一行は、王国の北東端に位置するフェトクリシスに到着した。今は、広大なプシャン砂漠を渡るため、大隊商メルヴェが用意してくれていた駱駝に乗る練習を始めている。



「ほら、リティア。もう少し、重心を前にするのです」


「こうですか? 母上」


「そう、そう! 上手じゃない。さすが、ルーファの大首長セミールの血筋ね!」



 砂漠のオアシス都市ルーファで生まれ育ったエメーウは、駱駝騎乗の経験があった。リティアに手ほどきすることを勧めたのはセヒラで、緊張状態にあった母娘関係は一定の修復がなされた。


 リティアの侍女達の中でも、アイシェとゼルフィアはルーファ出身であり、クレイアにコツを教え、リティア一行の中心は、久方ぶりの笑顔で埋められている。


 少し離れた周辺では、千騎兵長のドーラや百騎兵長のネビなども、砂漠行に備えて駱駝騎乗の修練を行っている。大路を外れたルートで砂漠を渡るため、盗賊に遭遇する可能性が高い。駱駝を乗りこなすことは、主を守るために必須の技術と言えた。


 アイカは、小高い丘からその景色を見下ろしている。



「ひとまずは、良かったな……」



 と、アイカの側で声を掛けたのは、西南伯公女ロマナから遣わされたチーナであった。


 眼帯に隠れていない片目を細め、水色に輝く髪を風に揺らしている。


 そのチーナの反対側からアイカに寄り添ったのは、無頼の娘アイラであった。



「母親にも色々いるのだな……」



 アイカは、その言葉に躊躇いがちに頷いた。


 ミトクリア攻略戦のとき、母親が幼い頃に失踪したとアイラから聞かされた。


 そのアイラの目に、エメーウのリティアに対する束縛は、母親の深い愛情と映っていた。しかし、進軍に同行する中で、徐々にその歪さに気が付いていた。


 アイカを挟んでチーナが応えた。



「母親といえども人間だからな。……色々ある」


「いなくなった母親を求め続けた私だが……、あれでは、いない方が良いのかもしれん」


「そう簡単ではない」



 苦笑いを返したチーナは、本来、西南伯軍の一員でありアイラより身分は上になるが、フラットな付き合いを求めていた。


 ――ここは西南伯軍ではないし、勝手に押しかけた身だ。気遣いされては、却って居心地が悪い。


 というのがチーナの言い分で、アイラもそういった付き合いは苦手ではなかった。



「……我が主、ロマナ様と母君の関係も複雑だ。兄の長子サルヴァ様が病弱で、母君はいつもかかり切り。すぐ側にいるのに、母親の愛を知らぬがごとく成長された」


「それはそれで辛そうだな……」


「祖母のウラニア様が母親がわりで養育されたも同然。高貴な方々の場合、継承権も関わってくるので、我らでは立ち入れぬ情念の複雑さがある」


「……なるほどな」


「もっともそれが、我々、下々の者の娯楽になり、吟遊詩人にネタを提供してくれている訳だ」



 アイカは自分より背の高い美少女2人を交互に見上げて話を聞いている。


 ロマナと母親の話は、公然たる事実だからチーナも気軽に話しているのだろうと想像している。あるいは既に吟遊詩人が詩にして詠っているのかもしれない。


 チーナの目が鋭く光った。



「フェトクリシスに入って、王国の状況も伝わった。リティア殿下としては、思案のしどころだろう」


「ルーファ行きを取りやめられると?」


「我が主君、ベスニク様は王都に向かっていると聞くし、王国の騎士団は各地に散らばったまま根をはり始めている……。今、王国を離れては発言権を失いかねない……が」



 と、チーナは、笑顔でじゃれあうリティア母娘に視線を向けた。



「……エメーウ様から笑顔は消えるだろうな。……ルーファ行きを取りやめればな」



 アイカも駱駝に乗るリティアたちを、改めて眺める。


 そして、



 ――おっぱい、バインバイン揺れてるなぁ……。



 と、考えていた。


 クレイアやアイシェはもちろん、エメーウの立派な膨らみも、駱駝の上で揺れている。



 ――いつまでも、こんなことばかり考えていられたらいいのに。



 砂漠からの風が、アイカの桃色の髪を掻き乱した。

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