第65話 祝祭の準備(1)
「目の回る忙しさとは、このことだな」
と、リティアが苦笑いしながらドレスを着せられていると、クレイアが冷たい表情を見せた。
「第六騎士団に『束ね』のお役目、すべて、殿下が望まれたことです」
「全部、騎士服という訳にはいかないかな?」
「ダメに決まってるでしょう」
『総侯参朝』が始まるまで7日を切って、街も王宮も慌ただしい。
期間中に必要なドレスが、続々と宮殿に届けられ、リティアはされるがまま次々と試着を重ねている。
――いいです! どのドレスもお似合いです!
と、アイカもリティアの着替えを手伝っている。女官ではなく侍女が行うべき場面もあるため、その練習を兼ねている。女官長のシルヴァと、アイカ専属女官のケレシアから指導を受け、仕事を覚えていく。
着替えるたびに、リティアは鏡の前でクルクルと身体を翻し、サイズやデザインに注文を出していく。
美しい王女を、美しい女官たちが着飾らせていく。宮殿の最も華やかな場面に立ち合い、アイカの胸が躍っている。黄金色の瞳を輝かせるアイカを見て、リティアの頬も緩んでいる。
そこに、侍女長のアイシェが姿を見せる。
「ルーファの大首長、セミール様。北離宮に御到着でございます」
「おっ」
と、リティアが喜色を浮かべ、クルンと回った。
「せっかくだから、このドレスで挨拶におうかがいするかな」
「ダメです。こちらは、ヴール候の宴に用いるために仕立てたものです」
にべもなく脱がせ始めたクレイアに、リティアは拗ねたように笑いながらも大人しく従う。雑談に興じる時間も惜しい。
北離宮に出向くと、セミールがリティア達を出迎えた。
――おおっ! 王様じゃん。
と、アイカが感想を持ったセミールは、スラリと身長が高く、83歳という年齢に見合わず立ち姿が美しい。オアシス都市の前首長という立場だが、王威を感じさせる。
エメーウの妹ヨルダナも随行している。
――お人形さんみたい。
と、アイカが見とれたヨルダナは、血の気を感じさせない白い肌に、水色の大きな瞳で無表情フェイスが印象的な28歳。夫のオズグンはルーファの大隊商の弟で、2人の子供がいる。
大隊商の頂点に立つ姉メルヴェの信任厚いオズグンは、王都での商いを3年任期で任されており、ヨルダナは夫に会いに来たのだ。
その大隊商メルヴェが、遅れて部屋に入ってきた。
――洗練された気品そのものが、服着て歩いてきた……。
と、アイカが目で追った美女は、優雅にお辞儀をして、リティアに遅参を詫びた。
「熊の毛皮を買ってくれたのは、メルヴェなんだ」
と、リティアに教えられたアイカが頭を下げると、メルヴェは瞬殺される微笑みを返してきた。
慌ただしい中にも、アイカは愛でる心を失わない。
その頃、王弟カリストスは、たまたま街角で出くわした王太子バシリオスに馬を寄せ、意味ありげに笑いかけた。
「今年は、リティアのお陰で少し楽だな」
「ええ。よくやってくれています」
切れ者の叔父が、可愛がっている妹を褒めてくれることが、バシリオスには嬉しい。
王都には続々と列候が到着している。その接遇には騎士団があたっているが、君主が360人も集まると、揉め事も起こる。取るに足りないことでも、王族が出張らないと収まらない場面もある。しかし、列候同士の仲裁となると、途端に優柔不断になる第3王子ルカスや直情的な第4王子サヴィアスでは捌ききれず、カリストスとバシリオスに負担が偏っていた。
政務と公務に追われる中、今年独立したばかりのリティアに任せてみると、実にそつなく収める。カリストスは、そのことを褒めていた。
もちろん、その分だけリティアの思わぬ時間が取られ、忙しさを増している。
北離宮を辞したリティアが、自分の宮殿に無頼の元締3人を集めたのは、『無頼の束ね』としての政務だ。
期間中の騒ぎを抑えるよう改めて厳命した。気性の荒い無頼たちに揉め事は付き物と割り切っているものの、『束ね』となって初めての『総候参朝』で、死人が出るようなことは避けたい。
「ははっ」
と、恭しく頭を下げる元締たちだが、西の元締ノクシアスは動きが怪しい。百騎兵長のネビに特に命じ、密かに監視の目を光らせた。
アイカは3人揃った元締の迫力に圧倒されたのかピシッと固まっていた。が、瞳はいつも通り輝いていたので大丈夫だろうと、横目に見ていたリティアが微笑んだ。
リティアはいつの間にか、アイカを様々な場面に立ち合わせるようになっている。経験を積ませること以上に、自分が忙殺される中で、アイカがいると気持ちが和むのだ。
政務を終えた夜には、第3王女としての公務が待っている。
『総候参朝』の最終日に開かれる『王都詩宴』で披露する、自らの選定詩を選ぶため、机に山積みに置かれた新作に目を通す。
アイカも横で、ほーとか、へーとか言っている。
その姿に、リティアも詩を楽しむ余裕を取り戻していく。
ひとつ、アイカが無言で伏せた詩があったのを、リティアは見逃さなかった。あとでこっそり読んでみると、狼を連れた娘、つまりアイカのことを描いたリュシアンの詩だった。
リティアは選定詩を決め、書記官に回した。
こうして、リティアもアイカも目の回るような日々が続いていく――。
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