第66話 祝祭の準備(2)

 リティアは、ロザリーから次々に届けられる草稿に舌を巻いた。



「どれもこれも、列候の好みも弱みも押さえてある」


「王国が、ロザリー様の手の内にあることを、まざまざと思い知らされます」



 と、侍女長のアイシェも神妙な表情で応えた。


 リティアに届く、列候からの招待は既に300を超えている。もちろん、そのほとんどを断らなくてはならない。



 ――頼ると決めた以上、しっかり頼る。



 という、リティアの方針に基づいて、断りの手紙の草稿をロザリーに依頼した。


 快諾したロザリーから届けられる書面はどれも、360人いる列侯それぞれの情報を、つぶさに把握していないと書けない文面ばかり。



「しかも、来年こそはと、再び招きたくなる書きぶりだ」



 大量の手紙を直筆でしたためながら、リティアは唸った。


 『聖山の民』を統一した偉大な父王が君臨する王国。父王への尊敬の念が揺らぐことはなかったが、その統治の実相を垣間見る思いがした。




 タロウとジロウを運動させるための狩りは、人混みを避けて、日の出前になっている。アイカは欠伸をしながら、薄暗い夜明け前の森におもむく。


 カリトンは謹慎が明け、本来業務に戻ったので、最近会えてない。



「うわぁ! 今日も大猟だね! みんな喜ぶよ」



 『子ども食堂』に獲物を届けると、ガラが弾けるような笑顔で迎えてくれる。


 キラーンッと輝く、アイカの瞳。



 ――やっぱり、ガラちゃんは磨けば光る。



 ガラ自身のためでなく、楽しみにしている孤児達のために喜ぶ笑顔が、アイカに尊い。


 ガラとレオンの姉弟は、早朝から料理の仕込みに汗を流している。2人がくだらないことで笑い合っているのを見るのが、アイカは大好きだ。


 そして、自分の部屋に戻ると、



「お帰りなさい」



 と、出勤時間を早めてくれているケレシアの出迎えが嬉しい。毎朝新鮮に「帰っていい場所」だと、胸の内に温かいものが広がる。


 タロウとジロウもすっかり馴れて、ケレシアの周りをグルグル回る。




 侍女としての仕事の合間を縫って、アイラとの秘密集会――アイカは心の中で『サバト』と呼んでいる――も、欠かせない。


 ある日は、ロマナの持つ多面的な美しさで、ひとしきり盛り上がった。


 市井の身にありながら、やはりアイラは目ざとい。


 踊り巫女のニーナたちが、投げ銭目当てに街角で踊っているのも目にするようになった。やはり、官能的で情熱的で神秘的で、アイカは目を奪われる。




 リティアに呼ばれたら用事に立ち会うが、現在のアイカにとって、テーブルマナーの習得は大切な仕事だ。


 多忙なロザリーだけでなく、王太子の侍女長サラナも加わり特訓を受ける。



 ――学級委員長タイプ美少女!



 と、アイカの目に映ったサラナは25歳。少女という年齢ではない、小柄なインテリペッタンコ。王太子の政務を支えている。


 赤縁メガネに丸顔の童顔侍女長は、王太子が即位の暁にはロザリーと同様の働きが期待される俊英だ。


 が、アイカのテーブルマナーは一向に上達しない。


 ついに、側妃サフィナの侍女長カリュにも動員がかかった。



 ――ふぉぉぉお。でけぇ美人キタ――!



 恐らく王宮内、いや王都で一番立派なものを揺らして指導してくれる。



 ――うわぁ、集中できねぇー。



 と、アイカは思ったが、もちろん口には出来ない。


 カリュは、サフィナの郷のアルナヴィスから派遣された侍女で、作法に造詣が深い27歳。最後まで参朝に抵抗したアルナヴィスは、古式礼法を遺す街として有名だ。


 その、ロザリー、サラナ、カリュをしても「もう、間に合わない……」と、諦めかけた、そのとき。


 アイカがため息まじりに何気なく呟いた一言で、事態は一変する。



「お箸が使えたらなぁ……」



 日本での母親に、厳しく躾けられた。



「オハシ……?」



 と、精神的疲労の色が隠せないロザリーが尋ねた。


 棒を2本用意してもらって、皿の料理をパクッと食べた。



 王宮の侍女長トップ3に衝撃が走った。



 初めて目にする食べ方だったが、流れるように美しい。



「これでいきましょう!!!」



 というロザリーに、サラナとカリュは戸惑ったが、



「アイカは異国の神が守護聖霊にあるのです。異国の礼法に適性があって当然。むしろ、目に出来る列侯には有り難がってもらいましょう。いや、そうあるべきです!」



 と、力説するロザリーが押し切った。


 リティアの了承も得られたので、急遽、軽くて丈夫な木材が集められ、アイカの要望通りの箸が量産された。


 いよいよ、明日から『総侯参朝』が始まるという日に、ようやく間に合った。


 慌ただしい準備期間が終わり、怒涛の本番期間が始まろうとしていた――。

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