第67話 意味不明な達成感

 『総侯参朝』は、実質的には本番の前日から始まる。


 王族が全員そろって謁見の間に並び、列侯一人ひとりから参朝の挨拶を受ける。


 この『一人ひとりから』というのが、ポイントだ。


 360人いる列候。単純計算で1人3分ずつでも18時間かかる。


 王都ヴィアナを建設し、最初の『総候参朝』で挨拶を受け切ったとき――当時、参朝していた列候は220程度だったが――若き国王ファウロスと王弟カリストスは、達成感で一杯だった。


 翌年には達成感より疲労が勝り、3年目には後悔していた。


 来年から全員まとめて一度に挨拶を受けようと、くたびれたファウロスが漏らすと、



「王国が列候を軽く見始めたと、受け取られかねない」



 と、王弟カリストスが首を振った。


 では、せめて日を分けようと、ファウロスが言うと、



「別日にされた列候が、自分を軽んじられたと恨みかねません」



 と、ロザリーが反対した。


 ガッツと根性で乗り切るしかない式典の改善は、次代の課題――、代替わりの時に改めるほかないというのが、現在のところの結論である。



 謁見の間の壇上には、ファウロスを中心に、サフィナ、バシリオス、エカテリニ、ルカス、ファイナ、ペトラ、サヴィアス、リティア、カリストス、アスミル、ロドス、アリダ、アメルと、王宮に住まう成人王族が全て並ぶ。


 各王族の後ろには侍女や女官が控え、水分補給や軽食などを用意している。


 耐久レースの幕が開くと、食事の時間も取れないのだ。


 まさに王国の『作りかけ』を象徴する式典である。


 皆を彩る煌びやかな衣装は、長時間立っていられるよう、出来るだけ軽く作られている。


 特に女性王族が着るドレスは、身体の線を美しく見せながら締め付けない、王国の縫製技術の結晶である。


 意味不明な式典のために、意味不明な技術が発展していた。


 アイカもリティアの後ろで控えている。


 これから始まる耐久レースのことを、あまりよく分かってなかったが、とにかくドキドキしていた。



 次々に現れる列候が30秒ほど挨拶し、謁見の間を後にする。


 列候同士がかち合わない動線が設定され、その移動時間を加味すると30秒程度が限界となる。


 移動時間が延びないように、随行の人数も制限されている。


 入れ代わり立ち代わり、仕掛け時計のように列候が現われては去っていく。



 ――列候さんは、……そうでもない。



 王族ばかりでなく、騎士団の騎士や、市井のアイラやガラの美貌を目にし、期待を膨らませていたアイカのお眼鏡に叶う者は、なかなか現われない。


 そこに、西南伯ヴール候ベスミクが姿を見せた。


 妻である第2王女ウラニア、孫の公女ロマナが随行している。



 ――ロマナさんだ! あれが、ステファノスさんの妹のウラニアさん!



 と、初めてアイカの目を奪う者が現われた。


 ベスニクは、方伯として従える列候60人を率いて、参朝の挨拶をする。


 ベスミクを方伯に任じたことで、360人いる列候の内、60人は1度に済ませられ、挨拶は300組に圧縮された。


 このためだけに方伯を増やすことを検討したが、それだけの実力を備えた列侯はベスミクの他におらず断念した。


 それでも約15時間が見込まれており、朝7時に始まった式典は、夜10時を過ぎた頃に、ようやく終了した。


 王族も侍女も女官もヘトヘトである。


 若々しくヤンキー気質の王族が催す、気力と体力の限界に挑戦するような、華やか過ぎる式典に、アイカには明日からの本番が、ちょっと不安になった。


 ただ、達成感だけは、意味不明に半端なかった――。

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