第118話 交錯(7)


「アルニティア騎士団は統制が効いており、街の者たちとの諍いも起きておりませぬが……」



 宰相ニコラスからの報告を受けるアルナヴィス候ジェリコは、眉間の皺をより一層に深くした。



「サヴィアス殿下の悪評は高まるばかり……と、いったところか」


「仰せの通りでございます」


「……アレを王位に就けるために、サフィナが死んだのかと思えば、やるせなくてたまらぬ」


「心中、お察し申し上げます」



 ニコラスは、ジェリコが真意を打ち明けられる、側近の一人でもある。領民からは憎まれる妹サフィナへの想いも共にしてくれていた。



「サフィナを毒婦と蔑んだバシリオスめは討たれた。いい気味だ。……しかし」


「既に数名の間諜を放っておりますれば、いずれサフィナ様のご遺体のことも明らかになろうかと」


「うむ……。くれぐれも頼んだ」


「それと、サフィナ様の側に仕えておりましたカリュですが、暇乞いの書状が届きましてございます」


「なんと……」



 ニコラスから手渡された書状をひったっくるように受け取ったジェリコは、カリュからの書状に目を凝らした。


 そこには、サフィナの最期、エディンの最期が書き綴られ、守れなかったことの悔恨が痛切に伝わってくる。そして、エディンの遺志に従って第3王女に従うことに許しを求めていた。



「ん――?」



 ジェリコの目が、ある一文に止まった。


 はっきりとは書かれていないが、サフィナとエディンの遺体は、カリュが隠したと読み取れる件がある。何度か読み返したが、やはりそのようにしか受け取れない。


 ニコラスにも読ませてみたが、同じ感想を持った。



「暇乞いは許す。しかし、サフィナとエディンの遺体の在り処を聞き出せ。……できればサフィナをアルナヴィスに連れ帰り、アルナヴィスの地に還してやりたい」


「すぐに間諜に伝達いたします」



 ジェリコは、王権争いへの興味を失っていた。むしろ王国が崩壊したなら、アルナヴィスはサフィナも望んだ独立不羈の地位を取り戻せるのではないかと考えている。



 ――それならば、むしろ……。



 我が物顔に振る舞うサヴィアスへのに、思いを巡らせ始めた――。



 ◇



 聖山の大地を様々な思惑が交錯し始めていた頃、リティアはいまだ野盗の抜け道を駆けていた。


 追っ手の心配は格段に減ったが、1,000名以上の行軍に速度は鈍っている。


 また、隊商と出くわす事もない抜け道では新たな情報は入らず、リティアは未だルカスの王都入城もキャッチ出来ていない。なんとなれば陽気な野盗――今はリティア統制下の隊商護衛団――に先導される一団には、呑気さも漂い始めていた。


 王都脱出の直前、



 ――泣くのは、後にしよう。



 と、アイカに抱き締められたリティアだったが、涙を見せることはなかった。


 それが余計にアイカの眉を曇らせる。


 想いを溜めこむと、知らず心を冷えさせることを、アイカはよく知っていた。


 とはいえ、母エメーウのことが、リティアの中で整理がついているのなら、わざわざ自分が触れることも憚られる。ただ、隣を駆ける赤茶髪の美少女のことを見上げては、気を揉むしかない。


 アイカの矢は、既に何人もの兵の太ももを射抜いた。


 いずれチーナのように、誰かの眉間を射抜く矢を放つ日が来るのだろうと、うっすらとした覚悟も固まり始めている。いや、突然斬りかかられるようなことがあれば、の母が遺した小刀で応戦しないといけない場面にも出くわすかもしれない。



 ――過酷だ。



 と思ったが、リティアの心情を思えば、それにも耐えて力になりたい。


 尊敬してやまなかった父を亡くした。


 命を奪ったのは仲の良かった兄で、確実に訪れるその瞬間を自室に籠って、じっと待つことしか出来なかった。


 可愛がっていた弟の命も、兄が奪っていった。


 王家であるとか、騎士団であるとか、余計な修辞を省けば、充分な猟奇殺人事件だ。ワイドショーがあるなら1ヶ月はこの話題で持ち切りになるだろう。


 その上に、母が自分を欺いていたことが露見し、しかも、心を縛ろうとしてくる。


 あまりの美しさと、天衣無縫の快活さに覆われているが、心の奥底ではどれほど傷付いているだろう。リティアの気性なら、自身の問題は自身の手で解決したいはずである。が、立て続けに起きる悲惨な出来事の中で、初めて触れる母の本性――リティアからすれば豹変した母と、どう接したら良いか、決めあぐねている。


 忠誠と畏怖と愛慕の念だけが寄せられる、誇り高き第3王女の身の上を、中流家庭に置き換えて理解しようとするなど、アイカ唯一人の心の働きであった。


 リティアほど、アイカのことを大切にしてくれた者はいない。リティアはいつもアイカに興味を抱いてくれる。誰からも関心を寄せられなかったアイカにとって、その眼差しは替え難い「恩義」であった。


 野盗の下世話な冗談に、快活に笑って見せるリティアの背中が、小さく見えた――。

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