第117話 交錯(6)
アルナヴィス候ジェリコの3歳年下の妹サフィナが、国王ファウロスに奪われたのは18歳のときだ。
多くの血を流した9年におよぶ死闘に力尽き、屈辱を受け入れたその場で召し上げられた。
誰にも慈愛深く、アルヴィナスの主祭神『盾神アルニティア』への信仰篤い妹は、それ以来、アルナヴィスの地を踏んでいない。
「私を憎んで気が済むのでしたら、それで良いではないですか」
ジェリコが初めて王都に参朝したとき、再会したサフィナはそう言って、寂しげに笑った。
故郷アルナヴィスの領民が、敗北の象徴としてサフィナを憎み始めていることを、無理に止めるなと兄に願った。
「それで、領民たちの心がまとまるのでしたら、良いではありませんか」
「しかし、それではサフィナが……」
「お兄様や候家に憎しみが集まるようでは、アルナヴィスの復興は成し遂げられませんよ」
「それは、そうだが……」
「テノリアに敗れたのは候家の領導が悪かったせいだと、反乱でも起きたらどうなさいます。あのとき私がファウロス陛下に見初められたのは、盾神アルニティアのお導きだったのかもしれません。その身に憎しみを集め、アルナヴィスを鎮めよと」
「いや、それは違うぞサフィナ。お前は、自らを盾にしてアルナヴィスを守ってくれているではないか。やはり、我慢ならん。お前が如何なる思いでいるか、領民たちに話して聞かせる」
「なりません」
「しかし!」
「私がアルナヴィスから憎まれているからこそ、私が孤立しているからこそ、陛下は安心して私に寵愛を注げるのです」
ジェリコは、そう言ったときのサフィナの瞳が忘れられない。
奥底が窺えない、深く暗い闇――。
「アルナヴィスから怨嗟の声が届けば届くほどに、王宮の者たちは私への警戒を解き、陛下の寵愛を止める者がいなくなります。分かりますか? お兄様」
「……わ、分かる。分かる……が……」
「そうでなくては、私の復讐が始められないではありませんか」
「復讐……?」
「神代の時代より独立不羈を誇った、盾神アルニティアの聖地アルナヴィスを踏みにじり、私から
「サフィナ……」
「私は私の戦いを生きるのです。お兄様にはお兄様の戦いがあります」
「私の……戦い?」
「領民を守り、土地を耕し、
両の手を握り、そう微笑んだサフィナ。
もはや、かけられる言葉はなかった。せめてと、出来のいい間諜の娘を側仕えに贈った。あの時のカリュという娘は、立派に役目を果たして、サフィナは国王からの寵愛をほしいままにした。
一時、
その不憫な妹は、見事、ファウロスに報いを受けさせ、自身もこの世にいない――。
先ごろの布告で、ファウロスの遺体は大神殿に安置されたとあるが、サフィナの遺体がどうなったかは伝わらない。丁重に扱われないまでも、辱めを受けるようなことがないことを祈るばかりだ。
「お帰りなさいませ、ジェリコ様」
「ニコラスか……」
離宮に戻ったジェリコを、アルナヴィス候領の宰相ニコラスが出迎えた――。
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