第268話 本腰を入れよう
アイカ率いる〈救国姫軍〉が受け持つ、王都ヴィアナの北側。
コノクリア草原兵団のわかい兵士たちが、祭礼騎士団の古豪から訓練をつけてもらっている。
ならんで眺めるナーシャとステファノスは、ともに旧都で焦れるような時間を過ごしてきた者同士でもある。
ナーシャが青い瞳をほそめた。
「草原兵団の兵は、圧倒的に経験が足りませぬ。ステファノス殿下のお計らいで、よき機会をいただきました」
「ふふっ。祭礼騎士団の年寄りどもにも、わかき兵と触れ合うはよき機会。こちらこそナーシャ将軍のお計らいに感謝しております」
そばには、アイカも立ち合い、
また旧都からステファノスの妃ユーデリケも来ている。
「アイカ殿下。野営暮らしが続いておりますが、お体にご負担ではありませんか?」
「あ、はい! 旅の間はずっと野営でしたし、そもそもずっと山で暮らしてたんで大丈夫です!」
戦陣に一輪の華が咲いたように、優雅に微笑む〈上品ハイソ美魔女〉なユーデリケ。
アイカだけではなく、みなの心に少しずつの潤いをもたらす。
サラナは、アイカの隣でナーシャから受け取った手紙に目を通していた。
「ロザリーさんからは、どんなお手紙でした?」
「コノクリアの法体系を整備するのに、意見を求められました」
「おお――っ!! さすが内政のスペシャリスト。法律にもお詳しいんでしたよね? ロザリーさんからも頼りにされるんですね!?」
「そのような、いいものではありませんが……。やはり、風習が異なれば、異なる法が必要になるため、ロザリー様も頭を悩まされているようです」
「しっかりした国になりそうですね」
「ええ、バシリオス陛下とロザリー様が治められているのです。きっと立派な国ができあがります」
と、曇りのない笑顔のサラナが、空を見あげた。
かつて自分のすべてを捧げて仕えたバシリオス。その国づくりが順調に進んでいることは、サラナにも誇らしい。
そして、ロザリーからの手紙には、
――コノクリアに居を移した、バシリオスの正妃エカテリニが繰り返し繰り返し、サラナへの感謝を口にしている。
と、書き添えられていた。
ヴールの公宮で抱き締められ、ともに涙してくれたエカテリニ。
自分のことを、そのように語ってくれていることは、
――生きていて、良かった。
と、素直に満たされた。
目のまえでは、祭礼騎士団の万騎兵長ヨティスをはじめ歴戦の古豪たちに、わかい兵士たちが、何度もなんども挑んでいる。
きっと、彼らが国王バシリオスを支え、活力あふれる国を作ってくれるだろう。
自分もこの動乱が終結すれば、主君アイカに従ってザノクリフという新天地に向かうはずだ。
ようやく、あのツラく苦しかった幽閉生活が終わったのだと、サラナは赤縁眼鏡の奥で目をほそめた。
そこに、ロマナが顔を見せた。
「噂の草原兵団を、ひと目見ておきたく思いまして」
と笑いながら、近衛兵アーロンを従え、ナーシャとステファノスの横に並んだ。
「リーヤボルク本軍15万を、3分の1の兵力で壊滅させたと聞いております」
「いやいや、あの
ナーシャが、ロマナに笑みを向ける。
そして、ステファノスはソワソワしていた。
「ロ、ロマナ……?」
ステファノスからみれば、ロマナは実妹ウラニアの孫にあたる。
「はい! なんでしょう、ステファノス殿下?」
「……その、ウラニアは来ぬのか?」
「お祖母様は……、どうでしょう? 何も言ってきておられませんが……?」
ロマナの倍はあろうかという格闘家のような体躯を、モジモジとさせるステファノス。
――そうか。ステファノス殿下は、妹ラブでしたもんね!!
と、アイカがジッと見詰める。
いや愛でる。
――強面シスコン……。なかなか、いいものです。アリです!!
ユーデリケが上品に微笑みながら、ステファノスをたしなめる。
「あなた。ロマナ様には、先に言わねばならないことがあるでしょう?」
「……ん?」
ユーデリケが、ロマナに嫋やかに頭をさげた。
「ベスニク様におかれましては、まことに残念なことでございました。ロマナ様もどうか、お気を落とされませんよう」
「……ユーデリケ妃殿下。ご丁寧にありがとうございます。しかし、泣くのも悔やむのも、この
ふっと微笑んだユーデリケが、やさしくロマナを抱き締めた。
「……ユ、ユーデリケ妃殿下?」
「ロマナ様。ご無理なさらないでくださいね……?」
「……はい」
ユーデリケの温もりに、ロマナは心の内に張り詰めているものが、そのまま裂けて噴き出してしまいそうで、
そっと、目を閉じた。
「こ、これは……、すまなかった」
と、ステファノスが頭をさげた。
「ロマナにも、ウラニアにも申し訳なかった」
「いえ、いいのです。お祖母さまも、頼れる兄ステファノス殿下に想われて、お喜びになれることでしょう」
「……ウラニアは気落ちしておらぬか? ベスニク公を亡くして……」
「ふふっ。わたしもソフィア大叔母様も一緒に、ペノリクウスをコテンパンにして憂さを晴らしました。今頃、ヴールでお祖父さまと、ゆっくり語らっておられることでしょう」
「そうか……、そうであるな」
抱きしめたまま少し顔をはなしたユーデリケが、ロマナを見詰めた。
「ウラニア様の孫であるロマナ様は、わたしたち夫婦にとっても大切な存在です。どうかご自愛くださいね」
「はいっ! ありがとうございます!」
ふたりは微笑みあい、ユーデリケはロマナをそっと放した。
そこにリティアも姿を見せた。
「みんなそろっていて、ちょうど良かった」
と、快活に笑うリティア。
ユーデリケとはまた違う華が、場にパッと咲き乱れる。
そばには侍女長アイシェがおり、またミトクリア候も従っていた。
サヴィアスの女官であった娘のソーニャは、ロマナの計らいで既に故郷ミトクリアに帰った。
かるく頭をさげるミトクリア候に、ロマナも会釈して応えた。
「おっ。サラナもいるのか」
と、リティアがサラナの肩を後ろから抱いた。
「これは、話を一度に終わらせられそうだ」
「……わたしに、なにか?」
「うん。ステファノス兄上にも……、まあ、みんなに話がある」
悪戯っぽい笑顔を浮かべたリティアに、みなが苦笑いで応えた。
どうせまた、とんでもないことを言い出すのだろう、と。
「徐々にだが〈仕掛け〉がそろってきた。そろそろ、王都攻略に向けて本腰を入れようと思う。まずは――」
みなの視線がリティアにあつまった。
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