第261話 繚乱三姫

 西方会盟最後の列候領フィエラを包囲する、ロマナ率いる西南伯軍にあって、


 アイカはリティアの檄文を受取り、ただちに旧都に向かうと決める。


 しかし、ロマナが唇を尖らせた。



「……最後まで見ていかぬのか?」


「そんな、寂しそうにしないでくださいよぉ~。すぐです! すぐ! どうせリティア義姉ねえ様からすぐがかかりますって!」


「ん~~っ! 抱っこさせろ、抱っこ!」


「んもぉ~~~~っ!! ……ちょっとだけですよ?」


「……だ、出し惜しみするなよぉ」


「なに言ってるんですか? はい、どうぞ!!」



 と、両腕をひろげるアイカ。


 求められると、すこし勝手が違うのだがと苦笑いを浮かべながら、ロマナはアイカを抱き締めた。



「すぐですよ、すぐ。もうすぐです」


「うん……、そうだな」


「王都で会いましょう」


「ああ、楽しみだ」


「はいっ!」



   *



 ながい旅をともに戦ってきた、歴戦の将兵を従えた堂々たる行軍。


 アイカは旧都テノリクアに入城した。


 緋色のドレスを身にまとい、桃色の長い髪をたなびかせ、無機質な表情で天を見据える黄金色の瞳。


 精強な兵士と二頭の狼を随従させ、公宮へと続く街路を粛然とすすむ。


 威厳と美貌は、伝統を重んじる偏屈な旧都の民をしても思わず膝を突かせ、アイカの行軍を仰ぎみる。


 王国の歴史が刻み込まれた重厚にして瀟洒な公宮。


 その前では屈強なる第2王子ステファノスとヴィツェ太守ミハイが、ともに片膝を突き、かしずいてアイカを出迎えた。



「わが妹リティアが義妹にしてザノクリフ女王、イエリナ=アイカ陛下。ご到着をお待ちしておりました」


「テノリアの偉大なる国王であられたファウロス陛下の庶長子、聖山戦争における勇名たかき、第2王子ステファノス殿下からの丁重なるお出迎え。このイエリナ=アイカ、ふかく感謝いたします」



 王太后カタリナの協賛を受け、旧都テノリクアの主座に就いたアイカは、


 《無頼姫の狼少女》こと第3王女義妹アイカが、ザノクリフ女王イエリナ=アイカその人であることを正式に布告した。


 そして、



 ――義姉リティアを援け、テノリア王国平定の一助とならん。



 と、その意志を明らかにした。


 また、ほぼ同時にコノクリア王国から送られた《草原兵団》1万の兵が旧都に着陣する。


 煌びやかな鎧を身にまとい、わかく意気軒昂な兵団を率いるのは――、



「アナスタシア陛下――っ!!」


「ノンノン」


「ノンノン?」


「イエリナ=アイカ陛下。わたしはコノクリア王国草原兵団の鎮東将軍、ナーシャでありますぞ?」


「……ち、鎮東将軍? ナーシャ?」


「左様。バシリオス陛下の勅命により、アイカ殿下の援軍に参りました」


「んもぅ! ナーシャさ――っん!」



 と、胸に飛び込み、



った……」


「よ、鎧を着こんでおるからの……。なんか、すまんの。大丈夫か? たんこぶになどなっておらぬか? たんこぶ姫にはなっておらぬか?」


「もう! ……たんこぶ姫って」



 なごやかに笑い合うナーシャとアイカ。


 この草原兵団の旧都着陣にあわせ、コノクリア王国の建国、およびバシリオスの王位登極が公表される。


 蜂の巣をつついたような騒ぎになる王国全土に向け、さらに、


 バシリオスは、ルカスの即位に与えた賛同を、取り下げる意向を明らかにした。


 また、王太子決起の真相もあわせて布告され、配下の筆頭万騎兵長ピオンがなした暴挙への遺憾の意を表し、


 即位賛同への撤回とあわせ、


 バシリオスのテノリア王家からの離脱が宣言された。



 王都ヴィアナの国王宮殿では、



「ザノクリフ王国!? コノクリア王国!? ルカスの即位賛同取り消し!? 次から次に、なんなんだ!? これは!?」



 と、怒鳴り散らす摂政サミュエルの姿に、ペトラが冷ややかな眼差しを向ける。



 ――父ルカスの命運もこれまでか。どうせ、ながく会えてもおらんが……。大神殿で享楽に耽りつづけ、どんなひどい有り様になっておることやら……。



 くわえて、サミュエルを錯乱状態にまで追いやる打撃をあたえたのは、


 コノクリア王国から発せられた、



《リーヤボルク王アンドレアス虜囚》



 の布告であった。



「なんだと……、アンドレアスが? ……本軍15万が潰滅とは、なんだ? ……なにがどうすれば、そんなことに? マタイスはなにをしておった? ……レオナールは? ……マエルはどこに行ったのだ?」



 消え入るような呟きを垂れ流し、茫然と立ち尽くすサミュエル。


 すべての布告が、あまねく《聖山の大地》に知れ渡ったころ、


 ロマナはフィエラを陥落させた。


 西方会盟に参加していたすべての列候領が、西南伯ロマナの手に落ちた。


 時を同じくして、王国南方の雄アルナヴィスのリティアへの帰順が布告され、


 アルナヴィス軍は新都メテピュリアに入城する。



「つよ~っい! アルナヴィスの兵よ! 待っておったぞ!!」



 というリティアの呼び掛けに、感無量になるアルナヴィス軍。士気は高い。


 また、ルーファに渡る際に協力したフェトクリシスも、リティアへの帰順を表明。


 これにより――、



 新都メテピュリアの北にミトクリア、〈審神さにわさと〉フェトクリシス、南にラヴナラ、アルナヴィスに至る、テノリア王国の東半分を、


 《天衣無縫の無頼姫》リティアが手中に収める。



 そして、ヴールから西南伯幕下六〇列侯領、第1王女ソフィアの嫁ぎ先バンコレア、シュリエデュクラ、ペノリクウス、交易の大路に面したフィエラに至る、王国の西半分は、


 《清楚可憐の蹂躙姫》ロマナが制圧し威服せしめた。



 さらに、ザノクリフ王国、コノクリア王国から聖山テノポトリの麓、旧都テノリクアを中心とした王国の北辺が、


 《奇想天外の救国姫》アイカに従う。



 わかく美しい三姫さんきが、王国全土の覇権を三分して握り、圧倒的な武力で君臨する。


 のこすは交易の大都、大地の心臓、王国の絢爛たる繁栄を象徴する王都ヴィアナの行く末のみ。


 《聖山の大地》の命運は、繚乱と咲き誇る三姫の可憐なその手に握られた。




 無頼姫リティア、蹂躙姫ロマナ、救国姫アイカ、――繚乱三姫が、


 王都にむけて進軍を開始する。

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