第259話 われらの楽園
西南伯軍が憤怒の進軍をつづけるなか――、
リティアは長く攻囲していたラヴナラを陥落させた。
公宮に入ったリティアは、謁見の間で御座に陣取り、
親王ロドスとラヴナラ候を引見した。
「ラヴナラ候におかれては、わが叔父カリストス殿下のご一家が、ずいぶんと迷惑をかけた」
「はは……」
ヴール、アルナヴィスと並び称される大領ラヴナラ。
王弟カリストスの亡命を受け入れたときには、王国にラヴナラの存在感を示せるものとほくそ笑んだ。
しかし実際は、カリストスの繰り出す謀略はラヴナラの公宮内にまで及び、いいように翻弄され、
さらには骨肉の争いを始めた王弟一家に振り回され、
その上に、サーバヌ騎士団の武力のまえに沈黙を強いられてきた――。
ラヴナラ侯はリティアの詫びに、乾いた笑いしか返せなかった。
その訳を表情からすべて読み取れたリティアは苦笑いを浮かべ、ロドスに視線を向けた。
「ロドス殿下よ。そのカリストス叔父を討ち破った
「……祖父も父も、息子も、妃も失い、陛下よりお預かりしたサーバヌ騎士団まで大半を死なせ……」
ロドスの口からは、それ以上の言葉がつづかなかった。
リティアは冷然と見下ろす。
「いずれ、アリダ殿、アメル殿のもとにお送りいたそう」
「な……、なんと……。ふたりの所在をご存知なのですか!? いま、どこで何を!?」
「それほどまでに愛するのならば、ロドス殿下は、あの醜い闘争を止めるべきであった」
「くっ……、う……」
ロドスは顔をゆがめ、大理石の床を拳で打った。
「……わたしなんぞに、なにが出来たと? 祖父はあの《王国の黄金の支柱》王弟カリストスですぞ!?」
「代を重ねるたびに、器を小さくするとは、カリストス殿下も、その
「ぐっ……」
「ロドス殿下の父君、アスミル殿下もご健在である」
「な……、なんと……」
「サーバヌ騎士団の筆頭万騎兵長アレクが、その身を盾とし矢襖となりながら守り抜いた。まこと王国騎士の鑑。見事な散り様であった」
「あっ、……あそこまで、容赦のない
「いまロドス殿が答えを示された」
リティアの声は、いっそうに冷えた。
しかし、ロドスは問わずにはいられない。王国騎士団同士の争いに、非情すぎるのではないかと。
「なにを……」
「甘えを断つためである」
「あ、甘え……?」
「……わずかな考え方の違いのため、一丸たるべき騎士団を誑かして分断し、父であり祖父であるカリストス殿下に刃を向けさせる。おなじ主祭神を仰ぐ騎士団同士を争わせ、数多の血を流させる」
「それは、祖父カリストスが……」
「なんたる甘え!! 王国騎士を私兵のごとく我欲のために動かすなど、言語道断!!」
「う、くぅ……」
リティアは立ち上がり、謁見の間をあとにするため、歩みはじめる。
「ロドス。父アスミルとあわせ、王家の籍を剥奪する」
「……くくっ」
「わが新都メテピュリアの牢獄で、父子仲良く傷を舐めあうがいい」
足下で平伏して呻き声をあげるロドスには目もくれず、
謁見の間を出たリティア。
入口では、サーバヌ騎士団の万騎兵長バイロンが片膝を突いていた。
叩き上げの野趣を漂わせ、無精髭が目立つ野武士のような風貌の万騎兵長。
黄土色の髪をザンバラに切った頭を垂れて、リティアの裁定を待つ。
「バイロンか」
「はっ」
「……ファウロス陛下より王弟殿下に賜った、サーバヌ騎士団の名は残す」
「ははっ」
「残兵をまとめ、わが旗下に入れ」
「……かしこまりました」
「なんだ? 不服か?」
怪訝な表情で応答した万騎兵長に、リティアは悪戯っぽい笑みで応えた。
その《ファウロスの笑み》に、バイロンはハッとさせられる。
「いえ……、わが首をさし出すつもりでおりましたので」
「すでに、サーバヌの騎士は多くの血を流した。そなたの首まで要らぬわ」
「ははっ。恐れ多いことにございます」
「ふっ。……ガラにもないことを言うなバイロン。はよう、わが第六騎士団にもらい受けておれば良かったの」
「わたしは正統派なれば」
シレッと受け流すバイロンの澄まし顔に、リティアが快活な笑い声をあげる。
「はははっ! よう言うわ。……バイロン、流したサーバヌの血を無駄にはせぬ。われに従い、顛末を見届けよ。そして、王国と騎士団の再建に尽くせ」
「はっ。御心のままに」
サーバヌ騎士団を二分した骨肉の争いでは、筋を通してカリストスにつき、
息子と孫を相手に采配が鈍り、脱落者も多く出すなか主君をよく支えた。
最後はカリストス自身からアスミルに降るように申し渡され、主命に従った。
気性は無頼に近く、リティアが好む、義にあついタイプの万騎兵長である。
第六騎士団とサーバヌ騎士団を率いたリティアは一路、メテピュリアへの帰路に就く。
そして、ベスニク薨去の報せが届き、ロマナの心中を想って眉を曇らせた。
――だが、
と、夏の雲が天を突く、濃い青空を見上げる。
――アイカが側にいる。
かつて、リティアが弟エディンの悲報に接したとき、
アイカの「泣いていいんだよ……」という言葉に、リティアは救われた。
より正確に言うなら、後々に渡って救いとなった。
――きっとアイカが、ロマナの心を抱き締めてくれている。
その確信を抱きながら、幼い婚約者フェティの待つメテピュリアへと行軍する。
リティアの描いた、決戦の構図が固まりつつある。
決戦の《勝利》は間近に迫り、しかし、それを最終的に掌中に収める道のりの険しさと、
暗い部屋の中で針に糸を通すような、かぼそい道筋に、
リティアは天を仰ぐ――。
その天空に浮かべる顔は、かつて父王ファウロスであったが、
いまは、アイカとロマナの笑顔が浮かぶ。
そして、リティアはその笑顔に、いつもの悪戯っぽい笑みを返す。
「われらの《楽園》を取り戻そうぞ」
*
リティアが本拠地メテピュリアへと向かい、
ロマナが西方会盟参加の列候領を、破竹の勢いで次々と陥落させている頃――、
ヴィツェ太守ミハイ率いるザノクリフ王国軍4万が、旧都テノリクアに入った。
静穏で落ち着きが感じられる旧都の市街を、武骨な《山々の民》の隊列が静粛に進んでゆく。
公宮の入口では旧都の主である、第2王子ステファノスと、その妃ユーデリケが出迎える。
ミハイが厳かに頭をさげ、到着の礼を告げる。
「テノリア王国第3王女義妹アイカ殿下、ならびに我らが女王イエリナ=アイカ陛下の命により、ザノクリフ王国軍まかり越しました」
ステファノスも恭しく、その礼を受ける。
「アイカの侍女アイラより、ミハイ公のお越しはおうかがいしておりました。テノリア王国の内紛のため、わざわざのお運び、まことに痛み入る」
「もったいなきお言葉。我ら《山々の民》、アイカ殿下より、返そうにも返し切れぬ大恩を受けました。報いるにはささやかに過ぎると恥じ入るばかり」
「アイカが聞けば、さぞ喜びましょう」
「まして、猛将と名高いステファノス殿下と馬を並べられるとは、我ら一同、一生の誉れとなりましょう。遅れをとらぬよう、力の限り働かせていただきます」
国を違える王族、太守の挨拶は礼に則り、ながながと続いたが、やがて兵員たちは用意された宿舎へと向かう。
ミハイは、王太后カタリナへの目通りの後、
かつてリティアとアイカが招かれたホールに案内され、歓迎の酒宴が催され、第2王子夫妻からの歓待を受ける。
ミハイもステファノスも、にぎやか好きの性格である。
いきおい杯は進み、あかるい酒に笑い声が絶えない。
「なんだ、アイカの婿殿が来られるのではなかったのか!?」
「はっは。来たそうにはしておったのですが、なにせ我が女王陛下は家出中!!」
「はっはっはっは! 家出中はよいですな!!」
「そこへきて、摂政まで不在となっては、国がまわりませぬゆえ、泣く泣く諦めさせたのでございますよ」
ザノクリフでは数少ない、アイカとアイラのお眼鏡に叶った、華のある派手好き美形太守ミハイと、
頭の切れる強面マッチョ感とアイカが評した格闘家のような体躯を誇るステファノス。
それに〈上品ハイソ美魔女〉なユーデリケも『いける口』で、おおいに盛り上がる。
「でも、アイカちゃんのお婿様、わたしもお会いしたいわぁ~。わたし達には子供がいないし、アイカちゃんのこと可愛くて仕方ないのよねぇ~」
「いやいや、おらぬ子には泣かされぬとも申します。わたしなど、先ごろ妃を亡くしたばかりで、子どもには手を焼かされておりまするわ」
「あら~、お妃さま残念でしたわね」
「いやこれは、場にそぐわぬ暗い話を失礼しました」
「ううん、いいんですよ~。異国の地だからこそ、吐き出せることもありますわよね」
「痛み入ります」
「でぇ~~~? アイカちゃんのお婿様って、どんな人なのぉ~?」
「なあに、貴国テノリア王国に平穏が取り戻されれば、すぐに正式な国交も再開されましょう! そうなれば、ただちに送って寄越しますよ! ぜひ、実物を見分してやってくだされ!」
「うむ。私も王太后カタリナ陛下の命により、アイカの旗下で働かせていただく。婿殿の顔をはやく見るためにも、腕を振るわねばならぬな!?」
酔ったステファノスが、はだけた胸筋をピクピクさせる。
それを目にしたミハイは、手を打って喜ぶ。
「まこと、心強い限り! ステファノス殿下の戦いぶり、このミハイ! 目に焼き付けて帰りましょうぞ!」
「それより、ザノクリフ王国でのアイカの働きぶり、いや、イエリナ陛下の御働きぶりをお聞かせ願えぬか!?」
「そうそう! ぜひ、わたしも聞きたいわぁ」
顔を真っ赤にニコニコと、ユーデリケも杯をかさねる。
「お妃! そ~れはぁ、朝まで語っても語り尽くせませぬぞ!?」
「ははははははっ! すでに愉快! なに酒はいくらでも持ってこさせる。アイカが旧都に到着するまで、まだ日があろう。我らはともに、あの桃色髪の少女の部将! 友将よ! 二日酔いなど気にせず飲み明かし、語り尽くそうではないか!!」
いい大人たちが、アイカを肴に夜更け過ぎまで痛飲して過ごす。
互いに高貴な身分にありながら、
馬鹿馬鹿しくて、無駄に華やかで、立場にそぐわぬ騒がしい宴であったが、
誰もが、近づく《決戦》に向けて気分を高揚させていた――。
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