第273話 わたしも女の子らしく
王都北郊の森に姿を見せた《草原の民》の踊り巫女たち。
率いているのはニーナで、アイカとの再会を喜ぶ。
そして、リティアにも膝をつき、恭しく頭をさげた。
「リティア殿下。
「ニーナ。まあ、そう畏まるな」
と、ニヤニヤ笑うリティアが、ニーナを立たせて肩を抱いた。
「……ニーナ。お前、アメルのお妃候補筆頭だそうじゃないか?」
「ええ――っ!? それ、ほんとうですかぁ!?」
と、目を丸くしたのはアイカである。
ニーナとは初対面のロマナは、話の内容よりアイカの大声にビクッと身体を震わせた。
「……リ、リティア殿下は、ど、どうしてそれを?」
「ロザリーから
「ま、まだ決まった訳ではありませんし……、どうぞ遠慮なく使ってくださいませ……」
というニーナの小麦色の肌は、全身真っ赤に染まっている。
王太孫アメルの妃は《草原の民》から迎えると、コノクリア王国建国時に国王バシリオスが宣言していた。
しかし、貴族制度のない《草原の民》から王妃候補を選ぶのは、簡単なようでいて、なかなかに難しい。
結局、《草原の民》を救ったアイカを導く託宣を降ろした、ニーナが相応しいであろうということに、話が落ち着こうとしていた。
「アメルもまんざらではないと、ロザリーが書いて寄越していたぞ?」
「いやぁ~? リティア
と、
「も、もう、王都に行きますね!?」
照れて、そそくさと逃げるように立ち去るニーナを、三姫が見送った。
ロマナが涼しい顔をしてつぶやく。
「素朴で素直ないい
「……ロマナも、サヴィアス兄を呼んだらどうだ?」
と、リティアが悪戯っぽい笑みを浮かべて、チラッとロマナを見た。
「バ、バカじゃないの!? ……いま、関係ないでしょ?」
「そういや、ロマナ」
「な、……なによ?」
「アルナヴィス候と面会したそうじゃないか? 宿怨の天敵とはどうだったんだ?」
ロマナのほほから赤みは消えたが、苦笑いの度は増した。
「アイカの言う通りに『強い、強い』って褒めまくったら、おいおい泣かれて、逆に困ったわよ……」
「はははっ、そうか。積もり積もった怨念も氷解したか」
「……実際、嘘ではないしね。言われてみれば、アルナヴィスが強いのは確かなんだし」
ロマナが肩をすくめると、リティアも笑みを浮かべて伸びをした。
「ヴールとアルナヴィスの因縁にケリがついたのなら、ますますリーヤボルクに付け入られる隙はなくなるな」
「そうね……。いまは《聖山の民》同士で張り合ってる場合じゃないしね」
「アイカ殿下の発見のお陰だな」
「いや、そんなぁ……」
と、アイカは桃色の頭を掻いた。
《聖山の民》の歴史上、アルナヴィスに初めて、
「え? ……強いですよね?」
と、声をかけたのはアイカである。
わずか一言で歴史を動かしたアイカに、さすがのリティアも脱帽の思いがしていた。
「アイカは、相手の欲しい言葉を見つける天才だからな」
「ええ~っ? そんなことないですよぉ~」
と、ますます小さくなるアイカ。
ふっと気が付いたように、ロマナが口元に指をあてた。
「そういや、わたしには『怒っていい』って言ってくれたわね」
「そうか! わたしには『泣いていい』って言ってくれたぞ?」
「えっ?」
「……なんだ?」
眉間にしわを寄せ、怪訝な表情を浮かべたロマナが、アイカの顔をまじまじと見詰めた。
「わたしのこと、
「え、あ、いや……、あの時のロマナさんは、……怒ってもいいかなぁって」
「……なんかショックぅ」
「ええっ!? ……な、なんでですかぁ!?」
「わたしも女の子らしく『泣いていい』って言われたかったなぁ~」
「そ、そんなぁ~。リティア
「あ~あ~、そっかぁ~。わたしったら蹂躙姫だもんね〜、泣くより怒るわよねぇ〜〜〜」
と、アイカに背を向けたロマナの顔は笑っている。
「ちょ、ちょっと、ロマナさん? 冗談ですよね? 意地悪言って、からかってるだけですよね? そんな、トボトボ歩かないでくださいよぉ~。ちょっと、こっち向いてくださいよぉ~」
と、ロマナを追いかけるアイカに、リティアが腹を抱えて笑った――。
*
王都ヴィアナの西端、ザイチェミア騎士団の詰所で、万騎兵長シリルが窓の外を眺めていた。
ルカス直轄の騎士団を率いながら、リーヤボルク兵に阻まれ、長くルカスには面会できていない。
実直で忠義に篤いシリルを、万騎兵長に取り立てたのは国王ファウロスであった。
猪武者とも評される直情的なルカスの性情を案じての人選であった。
しかし、バシリオス謀叛の報と、リーヤボルクから助勢の申し出。そして、いつかは大軍を率いてみたいというルカスの願望とがガチッと噛み合ったとき、
シリルには、その流れを押しとどめることが出来なかった。
合計10万になろうかという大軍を率いたルカスは有頂天で、自分の言うことなど聞いてはくれず、
リーヤボルクの将サミュエルに囲い込まれてしまった。
以来、ザイチェミア騎士団の影は薄い。
主君ルカスは即位の後も、ファウロスの喪に服すと称して大神殿に籠ったままである。
摂政正妃となったペトラにも疎まれ、それでも王都の治安維持を自分たちなりに行う日々を過ごした。
そして今、王都の外はリティアたち三姫率いる16万もの大軍に包囲されている。
それでもルカスからの指示は降りてこない。
――虚しい。
と思わない訳ではなかったが、国王となったルカスに叛く気は微塵もなかった。
ドアをノックする音がして、側近の千騎兵長が来客を告げる。
「筆頭書記官のオレスト殿と儀典官メニコス様が、シリル様に面会を求めておりますが……」
「そうか……。応接室にお通しせよ」
「女官の方もお連れですが、一緒にお通ししてよろしいでしょうか?」
「……女官?」
「はっ。おふたり、連れておみえです」
「ふむ……。まあいいだろう。一緒にお通しせよ」
と言い、千騎兵長を下がらせた。
オレストはいつも、ペトラとの間で調整に汗をかいてくれている。
騎士団付きの儀典官であるメニコスは、最近しきりと会いに来る。
彼もファウロスが選んだ慎重なタチの〈長老〉であるが、急にリーヤボルクの非道を鳴らしはじめた。
そのふたりが、そろって会いに来ることも異例であったが、
――女官を連れて?
と、首をかしげながら応接室に入り、椅子に腰をおろすや、
飛び上がるように立ち上がった。
「ア、アナスタシア陛下……」
「久しいの、シリル」
女官の装束を身にまとったアナスタシアが浮かべる柔和なほほ笑みに、シリルは絶句したまま動けなくなった――。
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