第142話 止まぬ相槌
手元に届いた、正体不明の軍勢が掲げる軍旗の紋章の絵図を見て、ロマナは眉をハの字に、困り笑いを浮かべた。
「ソフィア大叔母様の紋ではないか」
「はっ。バンコレアの軍勢だったようですな」
勇将ミゲルも苦笑い気味に応えた。
ソフィアは先王ファウロスと正妃アナスタシアの間に生まれた娘で、バシリオスの妹、ルカスの姉にあたる。
西南伯領の北東に位置するバンコレア候に嫁いでいたが、第1王女位を保持している。
「……や、やっかいなのが来たな」
「はあ……」
「ミゲル……、お前も先の総候参朝の折りには、ソフィア大叔母様につかまって小一時間、話を聞かされていたと聞いたぞ?」
「ははは……、結構なお話でしたな……」
「嘘をつけ。中味などなかったのであろう?」
「はは……、私の口からは……」
ミゲルが勇将の名に似合わない、情けない表情を浮かべたとき、近衛兵のブレンダが前方を指差し声をあげた。
「ロマナ様! カリストス殿下のサーバヌ騎士団が!」
「むっ」
表情を引き締めたロマナが顔を向けると、サーバヌ騎士団の軍勢が、兵を退き始めていた。
「バンコレア軍の出現を、撤兵の機と見たか」
「ロマナ様」
今度は、猛将ダビドが南に指を向けた。
「アルナヴィスも兵を退くようですな」
「サーバヌ騎士団の腹背を襲っても、バンコレア軍に喰い付かれてはたまらんだろうからな。バンコレアの意図が読めぬ以上、賢明な判断だな。……もっとも、ソフィア大叔母様の意図が読める者などいないと思うが」
「ははっ……」
と、その場にいた将たちから、乾いた苦笑いが響いた。
ロマナは表情を改め、指示を飛ばす。
「サーバヌ騎士団、アルナヴィス軍、双方の撤兵を完全に見届けてから、我らも退く。ただし、取って返す策でないとも限らん。偵騎を放ち、警戒を怠るな」
◇
「ロマナちゃ――ん! ずぶ濡れじゃないの⁉ だめよ女の子が、こんなに身体冷やして」
「お、大叔母様こそ……」
「オバサマなんて、やめてよやめてよ。ソフィアちゃんって呼んでって、いつも言ってるでしょう?」
ロマナ率いるヴール軍の陣に姿を見せた第1王女ソフィアは、ふりふりと腰を振っている。
話が止まらないソフィアを宥めつつ、ロマナは本陣の天幕へと誘った。
「それで、ソフィア……様は、どうしてこちらに?」
「ええーっ? だって、カリストス叔父様もヒドイでしょ? ベスニク閣下がいないとき狙って、兵を出すだなんてぇー! ロマナちゃん頑張ってるのにねぇ!」
「は、はあ……」
「ウチの旦那ちゃんに、すぐ応援の兵を出すべきだー! って、言ったんだけどぉ、ウチのもアレでしょ? いい男だけど、アレコレ考えすぎるタイプじゃない? グズグズ言ってたんだけど、最後は私の話を聞いてくれて『なら、ソフィアが自分で行っていいよ』って言ってくれたのよ」
「それは……、ありがたい……」
「でしょう? でしょう? いいとこあるのよ、ウチの旦那ちゃんも! しかもね、『しばらくロマナの側にいて、援けてあげればいい』って、言ってくれたのよお! 私、お嫁ちゃんなのに、そんなこと言ってくれるなんて感激しちゃってぇ」
……押し付けられた。
と、その場にいる全員が思った。
が、ソフィアの話は止まらない。
「だから、せっかくだからバンコレアでも強いの千人選んで連れて来たから! ヴールほど強くないけど、カリストス叔父上に『こらーっ!』って言ってやるくらいは出来たと思うのに、逃げちゃうなんて叔父上も、たいしたことないわねっ!」
――千人でサーバヌ騎士団に突撃するつもりだったのか……。
連れて来られた兵が不憫になるなと、皆が思った。
「お、大叔母上……、あ、いや、ソフィア様」
「なあに、ロマナちゃん」
「我らもヴールに帰ります……」
「あ! うんうん! 私も一緒に行くね!」
「あ…………」
「ん?」
「……ありがとうございます」
――断ってよぉ……。
という配下たちの視線を感じたロマナだったが、そんなことを言ったら、言葉が万倍になって返ってくるわと、口をヘの字に見返した。
やがて雨が上がり、ヴール軍も撤兵を開始した。
一路、ヴールへ帰還する行軍の中ほどでは、人身御供に差し出された勇将ミゲルがずっとソフィアの話に相槌を打ち続けていた――。
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