第286話 大事な役目

 テノリア王国の父神とされる〈天空神ラトゥパヌ〉の巨大な神像がそびえ立つ大神殿。


 厳粛な儀礼のもと、神像の足もとにある石室が開けられた。


 儀典官に促され、なかへと足を踏み入れるアイカ。



 ――サフィナさん……。エディンくん……。



 侍女カリュが隠したふたりの遺体が、まるで生きているかのようなキレイな姿で、静かに眠っていた。


 リティアは、



「……わたしは、やはり、エディンの姿を見ることができない。すまない。アイカが代わりに立ち会ってくれないか?」



 と、義妹いもうとであるアイカに立ち合いを任せ、この場には姿を見せなかった。


 カリュのほどこした防腐処理によって、いまにも目覚めて起き出しそうな母子の遺体に、アイカは静かに手を合わせた。



「土葬にすれば、やがてゆっくりと土に還られます」



 という、カリュの言葉に従い、アルナヴィスの地に埋葬されることになっている。


 アイカは外で待つアルナヴィス候ジェリコを、石室のなかへと招き入れた。



「サフィナ……」



 と、つぶやいたジェリコは、ゆっくりと愛する妹のもとへと歩み寄る。


 だれからも憎まれ、ただ自らの誇りだけをたのみに、苛烈な生をまっとうした妹サフィナ。


 となりに眠る幼児おさなごと、穏やかな表情を浮かべている。


 自らの死を、苦しい人生から解放と受け止めた最期であったのだろうと思わせられる、柔和な顔で眠っていた。


 妹の傍らで両膝を折り、嗚咽を漏らすジェリコの肩に、アイカはそっと手を置いた。


 そして、



「サフィナさん……、戦いは終わりましたよ。エディンくんと、一緒にゆっくりお休みくださいね。……それにしても、本当に本当にお綺麗ですね! 美麗神ディアーロナ様の次ですけど」



 と、ふたりの亡骸なきがらに声をかけた。



 ――エディンがいないと、おかあさまが、かなしくなっちゃうでしょ?



 と、エディンがリティアに漏らした言葉に従い、ふたりは一緒に埋葬される。


 ふたりの遺体が棺に納められ、石室から運び出されたところで、サヴィアスの到着が間に合った。


 かつてアルナヴィス候ジェリコとサヴィアスは激しく対立し、干戈を交えた。


 しかし、母サフィナの棺に膝を突き、静かに涙する甥サヴィアスの姿に、ジェリコも寄り添って手を取った。



「……サヴィアス殿下。サフィナのためにも、ともに王国に平穏をもたらしましょうぞ」


「叔父上……、わたしは……」


「過去のことは良いのです。……われらは、サフィナに恥じぬ良い国をつくってゆかねばなりません。それがアルナヴィスの繁栄にも繋がると、……アイカ殿下のお陰で、いまは信じられます」



 泣き崩れるサヴィアスの肩を、ジェリコが抱き、ともに泣いた。



 ジェリコは、サフィナとエディンの棺を載せた馬車と共に、急ぎ旅立った。


 アルナヴィスに埋葬した後、総候参朝に間に合うよう王都に戻ることになっている。


 サフィナのことは、良く思っていない者が多い。


 総候参朝の喧騒から避ける意味でも、先にアルナヴィスに帰すべきと、三姫の判断があった。



 その隊列をサヴィアスに寄り添って見送ったのは、ロマナである。


 動乱を経て、王国各地の愛憎は入り乱れている。


 アルナヴィスではサヴィアスが良く思われていない。母サフィナの埋葬に立ち会うことは、控えざる得なかった。


 ロマナが、ちいさくなってゆく馬車を見つめながらサヴィアスに声をかけた。



「いずれ時がくれば、墓参させていただきましょう」


「……はい」



 かつての自分を悔いるサヴィアスの心中を思えば、ロマナはそれ以上の声をかけることができなかった。



   *



 ヴールの神殿には、ウラニアとセリム、ガラが到着していた。


 ウラニアの妹、第1王女ソフィアは、嫁ぎ先のバンコレアの神殿に入っている。


 ロマナはウラニアたちと共に、主祭神〈狩猟神パイパル〉の古神像に祈りを捧げた。


 ベスニクの薨去と、セリムの西南伯ヴール候継承を報告するためである。



「これで、わたしの役目も終わりね」



 と、神殿内の貴賓室で、ロマナが笑った。



「あとは、リティアを王位に就けたら、蹂躙姫軍は解散。わたしは、嫁入り支度だわ」



 内々に婚約が成立していたサヴィアスは、王宮の第4王子宮殿に入った。


 傘下のアルニティア騎士団が壊滅しているので、無頼姫軍傘下にあったサーバヌ騎士団の助力を得て、総候参朝の準備を進めていく。


 ロマナは、まだ緊張の拭えない弟セリムに穏やかな表情を向けた。



「セリム。立派にヴールを治めるのよ?」


「……は、はい!」


「ガラはどうしようかなぁ~」


「えっと……?」



 と、傍らに立つガラが目を泳がせた。



「ヴールのためにはセリムにあげちゃいたいけど、わたしの侍女も続けてほしいしなぁ~」



 肩の力の抜けたロマナの楽しげな様子に、ウラニアが微笑んだ。



「ロマナ。貴女にはまだ大事な役目があるでしょう?」


「え? ……なんでしょう?」


「総候参朝の供物を狩りに、聖山まで行ってもらわないと。セリムは西南伯ヴール候として準備に忙しいわ」


「あっ! その通りです」


「リティアとアイカも誘って行ってらっしゃい」


「……? ふたりも?」


「聖山で三姫そろって、ゆっくり話して来るといいわ。……王位についてもね」


「王位はリティアで決まりでしょう? 誰か文句を言う者がおりますか?」


「リティア本人が、なんて言うかしらね?」



 と、肩をすくめたウラニアは悪戯っぽい笑みをロマナに向けた。


 そこに、ステファノスとユーデリケの夫妻が、非公式ながら弔問に訪れ、ロマナはウラニアの話を最後まで聞けなかった。



   *



 メテピュリアからリティアの侍女長アイシェが到着し、サラナ、カリュと協力して総候参朝の準備が本格化する。


 ロザリー不在で迎える初めての総候参朝である。


 アイシェたちは多忙を極めた。


 王都の警備体制を話し合う〈万騎兵長議定〉は、第1王女ソフィアに主宰を任せ、数を大幅に減らした騎士団の間で分担が決められてゆく。


 ザノクリフ王国軍と、コノクリア草原兵団は、



「せっかくだから楽しんで帰ってください!」



 と、アイカの一声で、総候参朝が終わるまでの間、王都に滞在することが決まった。


 すべての段取りを整えたリティアは、



「もちろん、聖山には一緒に行くつもりだったぞ!」



 と、ロマナに笑った。


 時間のない中、強行軍での往復であり、限られた者たちを供に連れ、


 三姫は聖山へと旅だった――。

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