第34話 秘密の天幕(2)

 賑やかな天幕の下、クレイアはアイラと、その陰に隠れて見えないアイカとを横目に見ていた。


 もっとも王都らしい猥雑な賑わいの店に、アイラがアイカを連れ出してくれたことに感謝している。


 貧民街と北街区の境目で繁盛しているこの店には、様々な階層、様々な職種、様々な民族の人間が混然一体と、賑わいを織り成している。


 窮屈な王宮暮らしに閉じ込め、王室の禁忌タブー醜聞スキャンダル、口さがない噂話ゴシップだけを聞かされて暮らすことが――自分の身を護るためとはいえ――まだ幼さの残るアイカにとって良いこととは思えない。


 世俗と交わり、息抜きの時間を持つことも大切だ。


 貧民街育ちのクレイアは、古馴染みのアイラの性格も気質もよく知っており、深いところで信頼を寄せている。なにやら楽しげにアイカと語らっていることに、不安はない。


 クレイアは、孤児の姉弟に目をやった。小麦色の肌をした踊り巫女たちと一緒に、笑顔で羊肉のシチューをすすっている。



 ――自分も、この子らのようであった。



 うまく生きる術を見付け、地下水路に潜む暮らしから脱出してほしい。


 姉のガラは恐らく、弟の養育のため妓館に身を堕とす覚悟でいる。一度、家庭の庇護を外れた子供が生き抜くのは、豊かな王都においても困難を伴う。


 そこに、禁じられた奴隷売買に手を染めた者が出たことは、クレイアの心に暗い蔭を落している。


 憂いを含んだクレイアの微笑を、アイラが見詰めていた。


 長い付き合いで、かつての自分と孤児の姉弟を重ねてみているクレイアの胸の内を察することはできたが、今はそれどころではない。初めて得た、幼き同志との時間が惜しい。


 アイラは、そっとアイカの方に向き直った。



「そもそも、クレイアの美貌が類稀なるものだ」



 思わずアイラの胸越しに顔を出したアイカに、クレイアは微笑みを返した。



 ――楽しそうね。



 と、クレイアの微笑みに、アイカは、つい昨日に教えられたばかりの禁忌を侵している後ろめたさから、曖昧な笑みを返し、アイラの胸がつくる影にススッと身を隠した。


 アイラは、眉を顰めて口元には笑みを浮かべ、小声で力説し続ける。



「あの、白く細く長い首は、どれだけ見ても見飽きない。透けて見える血管まで美しい。その上に乗っている小さく整った顔。細くスラリと伸びた手足。豊かな胸に、折れそうな腰つき。どこをとっても呆れるほど美しい」



 アイカの側に置かれた拳は固く握りしめられ、アイラの口調が熱を帯びる。



「嗚呼――。語っても語っても、語り切れる気がしない」



 と、悔しそうな笑みで溜息を吐いた。


 長年、至近で行動し、眺め、愛で、秘めてきた胸の内の想いを、一気に吐き出しているかのようだ。


 まったくですと、アイカは頷きながら、クレイアとは毎晩一緒に入浴させてもらって、穴があくほど愛でてていることを自慢したくなった。


 が、折角できた同好の友を失いたくないと思い直し、口をつぐんだ。


 その時、



「あー! 舞いたくなっちゃった!」



 と、故郷のアイラグ――ノンアルコールの馬乳酒――に気分が高揚してきたニーナが、ローブを脱ぎながら立ち上がった。


 白いビキニのトップスに、濃緑色でスリットの入ったロングスカートの間から見える小麦色の肌が、紅潮していて艶めかしい。



 ――ふおぉぉ! いいです! こういうイベント、いいです!



 たちまち、アイカの心の内からも、店中からも歓声が上がる。


 立ち上がって囃し立てる酔客の中には、王都を訪れるのが3年目になったニーナの顔馴染みもいる。王都が初めてのイエヴァは、よせよと、ニーナを座らせようとし、内気に見えるラウラはいつものことだというように、一緒に立ち上がった。


 アイラが苦笑いしながら、やるなら裏庭でやれと、裏口を指差した。


 賑やかな天幕の下、騒がしい集団の片隅に座るアイカは、自分がその一員であると感じていること自体に気分が高揚し始めた――。

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