第247話 無頼姫、強し!!

 《西南伯のえつ》を預けられていたロマナの口から、太子レオノラ、その妃レスティーネ、そして長子サルヴァの死が、ベスニクに伝えられた。


 苦渋にみちた表情のロマナ。


 しかし、ベスニクの顔にはみるみるうちに赤みがさし、生気が満ち溢れてくる。


 自身はながく虜囚の辱めを受け、戻ってみれば太子は斬首されており、その妃は謀叛を企て嫡孫に討たれ、嫡孫も自刃に果てていた。


 ベスニクの痩せ衰えた体躯に湧き上がってくるのは、



 ――憤怒。



 いかにレスティーネが心を病み、母娘関係が拗れていたとしても、太子が健在であれば起きなかった悲劇だ。


 ロマナには、なんの非も責もない。


 激しい怒りが背骨となり、ベスニクを立ち上がらせる。



「お、お祖父さま。……無理はなさらず」


「ロマナ」


「はっ……」



 顔を紅潮させたベスニクの額には血管が浮かび、吊り上がった目は爛々とかがやく。ほそくなった身体は怒張し、ひと回り大きくなったかのようだ。


 しかし、ロマナの目に、ベスニクは笑っているようにも見えた。



「よくヴールを守った」


「……いえ。たいしたことも出来ず」


「ルカス、リーヤボルク……。この怨み。必ず晴らしてくれようぞ」



 なたのように鋭く重いベスニクの眼光は、とおく北東の王都ヴィアナを見据えた。


 ロマナの胸中は英邁な祖父の帰還による安堵に満たされ、しかし、そこには一抹の不安がまぎれた。


 祖父の激情が、衰えた体躯をかえりみず溢れだしたとき、


 自分には止められるだろうか――、と。



   *



 第六騎士団が敗走してゆく。


 昼のつよい日差しが降り注ぐ、丘陵地帯。


 王都ヴィアナの南東、ラヴナラとメテピュリアの中間にあたる起伏に富んだ一帯で、


 隊伍は完全に崩れ、万騎兵長パイドルが声を枯らして叱咤するが、無様すぎる潰走は止まらない。


 掃討にかかったサーバヌ騎士団の先頭では、興奮した親王アスミルが馬上で大はしゃぎであった。



「見よ! 見よ! なにが、第六騎士団だ!? なにが、無頼姫だ!? ひと当たりしただけで、あの様よ!! 追え! 追え――っ! ひとりも生きて帰すな――っ!」


「父上。あとは万騎兵長に任せ、おさがりください」



 という息子ロドスにむけたアスミルの眼は血走っている。



「馬鹿を言うな! リティアめを我が手で捕え、ルカス陛下に献上してくれるわ! 参朝のよい手土産じゃ! あの小生意気な王女に縄目をかければ、ルカス陛下も我らをお認めくださるに違いない!!」



 と、馬に鞭をいれ、先頭を駆ける勢いで駆け出していくアスミル。


 父の騎影が陣の中に消え、ロドスはため息を吐いた。


 圧倒的大勝利ではある。


 しかし、率いる王族がみずから敗兵狩りに駆けるようでは、かえって威信を損ねかねない。


 そんな息子の憂慮には気付かず、アスミルはサーバヌ騎士団の兵を煽り続ける。



「行け、行け! 残らず討ち取れ! 見よ! 我らを恐れて、峡谷の方へと逃げ込みおるわ!! あんな逃げ場のないところに駆け込むとは知恵のない。行け、行け――っ!!」



 自身も切り立った崖に囲まれた峡谷に馬を入れ、勢いよく駆けてゆく。


 しかし、アスミルが気が付かなかったのは息子の憂慮だけではない。


 見苦しい敗走を重ねる第六騎士団には、ただのひとりも死者がでていなかった――。



 ドォォォォ――ッン!!



 という轟音が響き渡り、ロドスの視界から父アスミルの姿が消えた。


 いや、目のまえにあったはずのが消えている。


 音と振動に驚いた馬を押さえてなだめ、自分も激しく動揺しながらあたりを見回す。


 やがて、崖の上から無数の大岩が落とされ、峡谷の入口がふさがれたのだと知れた。


 そして、崖の上には逆光に照らされてかがやく赤茶色の髪――、



「はははっ! パイドル公の逃げっぷりは見応えがあったな!」


「はっ。大地の起伏を巧みに活かした戦術。さすがは《山々の民》ザノクリフ王国で培われた見事な献策にございました」



 快活に笑うリティアの横には、筆頭万騎兵長ドーラの姿。


 向かいの崖では万騎兵長ルクシアがパイドルの計略を讃えて、ちいさく口笛を吹いた。


 そして、両方の崖の上は第六騎士団の兵士たちで満ちてゆく。


 敗兵を追っていたはずのサーバヌ騎士団16,000は、大岩のむこうにアスミル率いる12,000と、手前のロドス4,000とに完全に分断されてしまった。


 父アスミルを助けようにも、大岩に阻まれ前に進みようのないロドスは狼狽して立ち往生し、


 大岩でできた袋小路に押し込められた形となったアスミルは、頭上に次々とあらわれる多数の兵士を見上げ、愕然としている。


 しかも、追っていたはずの敗兵は、整然と隊列を組み直し、こちらへ突撃する構えをみせる。


 おおきく息を吸い込んだリティアは、大空を斬り裂くような声を戦場にひびかせた。



「投降する者は剣を置き、鎧を脱げ! 王国騎士の誇りを求める者を止めはせぬ!! わが第六騎士団の矢の餌食となって、誇りをまっとうせよ!!」



 その声を合図に、崖の上からアスミルたちに降り注ぐ無数の矢。


 まえにはパイドル率いる1万、うしろには大岩、両横は切り立った崖。なす術もなく斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。


 アスミルに飛びついた万騎兵長アレクが、そのまま地に伏せ覆いかぶさる。



「……わが失策。面目次第も……」



 とうめくアレクの背にも次々と矢が突き立つ。



 ――王国の騎士が投降などするはずあるまい。



 とでも言わんばかりの、無慈悲な攻撃。


 ロドスの目にも、大岩の向こうでなにが起きているかは解るのだが、手の出しようがない。


 もうひとりの万騎兵長バイロン――内紛ではカリストスとアメルの側に付いていた――に促され、やむなく撤兵をはじめる。


 弓音が間断なく鳴りひびく崖の上で、ドーラがリティアに馬を寄せた。



「追いますか?」


「いや、このまま逃げてもらおう。予定どおりラヴナラを攻囲したい」


「承知いたしました」



 崖の下で斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。


 眉を寄せたリティアは、



 ――すまぬ。そなたらの屍が、王都を生かすぞ。



 と、すべてを最後まで見届けた。 



   *



 リティアが第六騎士団をラヴナラにすすめ、



 ――無頼姫、強し!!



 の報が、《聖山の大地》を震撼させた頃、


 アルナヴィス行きの準備を始めていたアイカのもとに、



「アイカ! 狩りに行こう!!」



 と、ロマナが晴れやかな笑顔であらわれた。


 その傍らには、すっかり大人しくなった第4王子サヴィアスの姿もあり、アイカの目を驚かせた――。

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