第220話 ようやくの好機!

 アイカが賊に襲われるバシリオスに遭遇したときから、ことは数日遡る――。



 王都ヴィアナのアーロンとリアンドラが潜伏する館。


 アメルやアリダたちと一緒に食卓を囲んで、昼食を終わらせたころに、突然ヨハンが訪ねてきた。


 北離宮詰めになってからほとんど外を出歩くことのなかった巨漢の見張り兵の来訪に、アーロンが慌てて出迎える。


 リアンドラは、玄関でアーロンが足止めしている間に、アメルとアリダ、それにサラリスを奥の部屋に隠した。



「せまいところで申し訳ありませんが、しばらくご辛抱ください」


「何者なのだ? あの男は?」


「……リーヤボルク兵で、軟禁されているバシリオス殿下の見張りをしている者です」


「お祖父様の!?」



 声をあげたアメルの口を、筋骨隆々のリアンドラの手が塞いだ。


 アリダも表情を険しくしている。



「我らが手懐けておりますれば、バシリオス殿下に危害を加えるようなことには至っておりません。ただ、いま我らの正体が露見すれば、殿下の身にどのような影響が及ぶか計り知れません。……お気持ちはお察しいたしますが、ここはお静かに」


「しかし……」



 と、まだ不満げなアメルを、アリダが制した。



「アーロン殿、リアンドラ殿は西南伯のご家臣でありながら、我らに助力いただいておる。おふたりの、これまでのご苦労を台無しにするようなことがあってはならぬ」



 カリストスのもとから連れ出して以降、すべてをアメルに決めさせてきたアリダであったが、危急の場面にあって、ここは自らが息子を制するほかなかった。


 その母の言葉に、アメルもうなずいた。


 リアンドラも玄関に出迎え、リビングに通したヨハンは、しみじみと語り始めた。



「ふ、ふたりには……、世話に、なった……」


「なんのなんの。よき友人を得て、我らも楽しんでおるのですよ?」



 と、明るく笑うアーロンであったが、ヨハンは寂しげにしたままである。



「……ここ、出ていく、ことになった」


「王都をですかな?」


「そう……。オレ、守ってる、あの人たちを送って……ゆく……」



 アーロンとリアンドラは時折、大量の牛の肉を差し入れることで、幽閉されているバシリオスとサラナにも接触していた。


 しかし、頭は弱いが任務に篤実なヨハンは「あの人たち」としか言わない。



「そうですか……、それは寂しくなりますな」


「寂しい……、けど、任務。仕方ない」


「それで、どちらの方まで? いやなに、また商いのついでがあれば、ヨハン殿を訪ねていきたいと思うのですが……」


「……それは、言ったらダメ」


「それはそれは、大切なお仕事のことをお聞きして申し訳ございません」


「ごめん……」


「落ち着かれましたら、手紙など書いてくだされよ? 我らは友と思うておりますから」


「……わかった。……こんな、頭の弱いオレに、仲良くしてくれたの、アーロンと、アーロンの嫁さんと、サラナだけ……。あっ……、サラナ、言ったらダメだった。……忘れてほしい」


「ええ、もちろんです」



 それから酒をふるまい、送別の宴として盛大にもてなしたが、結局ヨハンは最後まで行き先について口にすることはなかった。


 それどころか出発がいつなのかさえ言わず、ただ名残惜しそうにして、アーロンとリアンドラの館をあとにした。



「ながらく、せまい部屋に押し込めてしまい申し訳ありませんでした」



 と、リアンドラが、アメルたちをリビングに出した。


 となりの部屋でヨハンとのやり取りを聞いていた3人だが、あらためて状況を共有する。



 ――バシリオスが移送される。



 この情報は重大であり、アーロンとリアンドラとしては移送先にベスニクがいるのではないかと考えている。


 アメルはバシリオスの救出を《手土産》にしたい。


 いや、それ以上にバシリオスはアリダの父であり、自身の祖父である。救出して自由の身にしたいと考えるのは当然のことであった。


 思案顔をしていたサラリスが口をひらいた。



「私はリーヤボルク兵に顔を知られておりません。そしらぬ顔で、北離宮の動向を見張りましょう」


「おお……、それは助かります」



 と、ヨハンと交わした酒で顔を赤くしているアーロンが頭をさげた。



「《鍛冶の束ね》でいらっしゃったカリストス殿下のツテをたどれば、北離宮近辺で店をひらく鍛冶屋の協力も得られましょう。二、三の店があったはずです。王弟宮殿で侍女長であった私も、彼らとは面識があります」


「なるほど……」


「動きがあれば、すぐにこちらの館に使いを走らせますが……、それでよろしいですか?」


「館を引き払う準備をしてお待ちします」


「分かりました。アメル殿下とアリダ殿下もそのように。……あのヨハンという者の話しぶりでは、今夜にも動くかもしれません」



 と言いおいて、サラリスはすぐに館を出た。


 ロマナの命で王都に潜伏し、ようやく訪れた好機。アーロンは赤い顔をパンパンっと叩いた。


 館の奥に隠しておいた武器と鎧を身に付けて待機する。


 しかし、サラリスからの報せは、なかなか届かなかった。


 じれるような日々を過ごして数日――、


 リーヤボルク兵数十名に護られた馬車が、北離宮から出立したと急報がとどいた。



「警備の状況から見て、乗っているのはバシリオス殿下とみて間違いない――」



 サラリスの伝言を聞き、ただちに後を追うアーロン、リアンドラ、アメル、アリダの4人。


 救出に気をはやらせるアメルであったが、行き先の方が重大事のアーロンたちを立て、黙って従う。やがてサラリスも合流し、目立たぬ距離をたもちながら馬車のあとを追う。


 王都ヴィアナを抜け、北に向かう馬車。



「……? 旧都に向かうのであろうか?」


「いえ、やや西に逸れはじめました。《草原の民》が住まう方角です……」



 アメルの問いに、サラリスが冷静に返した。


 ヴール出身のアーロンとリアンドラは、王国北方の地理に明るくなく、黙ってうなずいている。



「近辺の列候領を、すべて避けながら移動しています。大回りして王国西端のブローサにいたり、リーヤボルク本国を目指しているのやもしれません」


「……リーヤボルク……本国」



 サラリスの推論に、アーロンとリアンドラは絶句した。


 もし、その通りだとすると自分たちは長らく見当違いの場所を探索し続けていたことになる――。

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