第七章 姉妹契誓

第150話 砂漠と山々

 ロマナが祖父の不在を埋めるため西南伯領を奔走している頃、ついにリティアたち一行が砂漠のオアシス都市ルーファに到着した。


 追っ手を躱すため、通常あまり選ばれないルートを踏む砂漠の旅路。


 交易の大路を往く3倍近い時間を費やし、瑞々しい緑に満ちたルーファの姿が見えた瞬間、一行からは喜びの声が湧き上がった。



「おおっ! あれがルーファですか!」



 リティアも感嘆の声を挙げ、傍で母エメーウが微笑んだ。



「そうよ。私の故郷……。やっと帰って来たわ……」



 踏破するのに時間を要したのは大回りするルートであったからだけではない。途中、数多くの賊から襲撃を受けたためでもある。


 当初は慣れない駱駝に乗った戦闘に、第六騎士団も苦戦した。


 しかし、それを見詰めるリティアの瞳から輝きが失われることはなかった。



「なるほど! 駱駝は頑固なのだな!」



 兵を率いる千騎兵長ドーラが、苦虫を噛み潰したような顔で応える。



「なにが気に喰わないのか、戦闘中でも突然座り込むと、なかなか立ち上がろうとはしません」


「ふっふ。クセ者ぞろいの我ら第六騎士団とそっくりではないか」


「そうとも言えますな」



 老境にあっても疲れを見せない旗衛騎士のジリコが、顎鬚をなでながら笑った。


 ドーラはいつもの無表情を崩すことなく現状を分析してみせる。



「賊のごときに、徒歩でも遅れをとることはありませんが、相手も駱駝に乗っておれば、駱駝は馬より背が高い。やはり、若干の苦戦は免れません」


「まずは、駱駝と仲良くなることだな!」


「はっ。ルーファ出身の百騎兵長ネビや侍従長のハルム殿、また侍女のアイシェ殿、ゼルフィア殿が手分けして指導してくれておりますが……。これが、なかなか……」


「はっは。駱駝は駱駝の時間を生きておるようだ」



 と、リティアは、少し離れたところで休む一頭の駱駝を指差した。



「我らの方が、駱駝の時間に合わせてやらねばなるまい。砂漠での生き方を駱駝に教わろうではないか」



 次第に駱駝の気性に合わせられる兵が増え、賊の撃退にも余裕が生まれるようになった。


 リティアは賊を捕えても、そのまま放免してやることが多かった。時には彼らの手持ちの水に、金品を与えて買い取ってやる。


 さらには、軽食をともにして賊に話をさせ、耳を傾けることもあった。


 そのようなとき、賊はリティアの傍らに控える二頭のプシャンオオカミを警戒しつつも、目を輝かせて自分の話を聞いてくれる王女に惹き込まれていった。


 そのうちの1人に、ジョルジという賊の首領がいた。


 比較的多くの手下を率いており、何度もリティアたち一行に襲いかかり何度も捕えられる。そのたびにリティアの前に引っ立てられ、縄を解かれる。



「むう……。これでは、儂がリティア殿下の兵を練兵しているようではないか」



 賊らしいモシャモシャの髭を掻き毟りながら、ぼやくこともあった。


 リティアは愉快気に笑った。



「はっは! ジョルジ閣下のお骨折りで、我が第六騎士団は精強さを増したぞ。王国騎士団でも、ここまで砂漠戦に通じるのは我らだけであろうな!」


「最初のうちに手を抜かなければよかったのだ。惜しいことをしたわい」


「また来てくれるのか?」


「次は負けませぬわい! リティア殿下がお持ちの財宝を根こそぎ頂戴しますわっ!」



 そう強がるジョルジであったが、7度捕えられ7度目に解放されたとき、ついにリティアに心服した。手下と共に平伏し、リティアへの忠誠を誓った。


 微笑みながらそれを受け入れるリティアの横顔を、アイカが誇らしげに見詰める。


 首を刎ね後顧の憂いを断って当然のところ、リティアと一緒になって面白がる第六騎士団の面々も頼もしい。アイカの目には、どちらが賊か分からないな――、とも映る。


 そして、北の方に視線を移すと、険しい山々がそびえ立っているのが見える。


 フェトクリシスを出発して、プシャン砂漠の北辺を移動している一行は、ザノクリフ王国の勢力圏である山岳地帯を視界に入れながら進んでいる。



 ――あの辺りで、サバイバルしてたはず。



 と、アイカは地図を思い描きながら、山々を見詰める。


 ふと気づくと、狼のタロウがアイカの袖に噛み付いて、引っ張っている。



 ――そうか、タロウも懐かしいか……。



 一瞬、感慨深い思いに染まったが、見るとジロウはリティアの袖を引いている。それも、唸り声を上げ、鬼気迫る様子も漂わせている。


 周囲の兵たちが、



「ははは! 随分、懐かれましたな!」



 と、笑い声を上げる中、エメーウだけがサッと表情を変えた。



「全軍、ただちにタロウとジロウに続け」



 落ち着いた口調の中にも、反論を許さない威厳に満ちていた――。

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