第225話 貴女を待ってました!

 コノクリアに向けて出立するアイカに、



「すまんの……」



 と、ナーシャが声をかけた。



「なに言ってるんですか!? バシリオスさんのそばにいてあげてください! それに、アリダさんもアメルさんも一緒ですし、こっちに残るの当然ですよ!」


「決戦の折には、バシリオスとともに私も駆け付けるからの!」


「……無理しないで、安全なところから見ててくださいね? 王妃陛下? 聞いてます? 陛下?」



 と、ナーシャとは笑顔で別れた。


 代わりという訳ではないが、あたらしくサラナとアーロンが加わっている。


 《草原の民》たちはコノクリアに集結しており、無人の草原を急いで駆けた。



 ――大人の事情。



 で、直臣に加わってくれたサラナ。


 女官ナーシャはともかく、アイラに続き、カリトンとともに2番目の直臣だ。


 しかし、まだよく知らない。


 それはサラナにしても同じで、致仕を申し出るとバシリオスからの強い希望で新たな主君に仕えることになった。



 ――王国が混乱している中、サラナの知謀を流出させる訳にはいかない。



 というのがバシリオスの考えであり、救出の礼にアイカに直臣として贈るというのはロザリーの献策による。


 いまだ敬愛して止まないふたりが自分のためを思って提案してくれた身の振り方を、無碍に断ることは出来なかった。


 コノクリアに向かう途中の野営では、カリトンから状況を詳しくレクチャーしてもらう。



 ――ザ、ザノクリフの女王!?



 ハラエラでの《かいつまんだ報告》では、そこまでの情報は共有されていなかった。



 ――な、なにをほっつき歩いてるんですか? 女王陛下が……。



 おそらく、アイカが率いるでサラナが最も常識的にだった。



 ――あり得ない……。



 と思ったが、仕えると決めたのだ。


 自分より少しだけ背の低い少女を、道中、ジッと観察し続けた。


 そして、コノクリアに到着する頃に出した結論が、



 ――わからない。



 というものだ。


 到着するや「わっほ~っい!」と叫びながら羊の群れにダイブした瞬間に決意した。



 ――私のモノサシで計るのはやめておこう。



 メェメェと怒った羊に追いかけられる、新たな主君の姿に何度もうなずいた。



「アイカ殿下! 羊は逃げればなおのこと怒ります! 立ち止まって、優しく話しかけてあげてくださ――いっ!」


「ええっ!? 立ち止まる?」


「羊はもう、なんで自分が怒ってるのか忘れてま――すっ! 勇気を持って立ち止まって!」



 じわっと立ち止まり、引きつった笑顔で、やあやあと羊に話しかける主君。


 クスッと、自分が笑ってしまった理由が分からない。



「サラナさん! 許してもらえたっぽいです! ありがとうございま――すっ!」



 と、満面の笑みで手を振るアイカ。


 ふうっと息を抜いたサラナも、手を振りかえす。


 いままでの自分では考えられなかった主従関係に適応している自分にも、かるい驚きがある。


 考えてみれば、あの国王ファウロスに寄り添い、ともに聖山戦争を勝ち抜いた王妃アナスタシアが、直々に王族教育を施していたのだ。


 本人なりの主君像が出来上がっているのだろう。



 ――どうせ、死んだと思った身だ。



 新しい主君にあわせて、新しい自分を見つければ良いと、サラナは肩の力を抜いた。


 草原の空は、どこまでも高くて青かった。



   *



 羊の世話をするラウラとイェヴァの姿を見つけ、アイカは駆け寄った。


 ふだんは広大な草原に散らばる《草原の民》が、コノクリアに集結しているのだ。羊も膨大な数がいる。


 しかし、現役世代の男性はほとんど兵士として訓練に加わっている。


 羊や家畜の世話は、女性や子ども、それに老人たちが行っている。



「リーヤボルクを追い払って、ニーナさんたち取り返したら、すぐに元の生活に戻れるように、大切な仕事ですよ」


「分かってはいるんだけど……。武器をとれないのが、どうにも、もどかしくて……」



 アイカの言葉に、イェヴァが苦笑いを返した。


 コノクリアに着いてからアイカが強く求めたので、元のフランクな言葉づかいに戻している。


 しかし、悔しい気持ちはアイカにもよく理解できた。


 目のまえで親友のニーナが拐われたのだ。そして、はるばるザノクリフまでアイカを迎えに行った。


 自分の手で決着を付けられないのは、悔しくてたまらないだろう。



「総力戦ですよ……」


「総力戦?」


「生活を守る人も、一緒に戦ってるんです。男の人たちも解ってますよ。……解ってない人がいたら殿でガツンと言っときます!」


「ははっ! ……たのむよ」



 イェヴァは白い歯をみせたが、



 ――殿下命令……。そんなモノは王国法上、存在しない。



 と、遠い目をしたサラナは、平和が戻ったらイチから教育し直しになることを、かるく覚悟した。



「サラナ殿……?」



 と、うしろから呼ぶ声がした。


 聞き覚えのある声にふり返ると、



「カ、カリュ様!」


「サラナ殿! ……ご無事でしたか!」



 と、駆け寄ってきたカリュの大きな胸に、



 ボフッ。



 と、小柄なサラナの顔が埋まった。


 そのまま、ギュウギュウ抱きしめられて、どんどん埋まってゆく。



 ――ほうほう……、これは……。



 と、アイカが腕組みした。



 ――今度、私もやってもらおう!



 ぷはっと顔をあげたサラナが笑った。



「変わりませんね、カリュ様は」


「サラナ殿こそ、ちっとも変わりませんわ! ……ちょうどいい。とても、ちょうどいい」


「それ、前から仰ってますけど、どういう意味なんですか?」


「……サラナ殿がいらっしゃるということは」


「ええ……、バシリオス殿下もご無事です」



 くだけた雰囲気で旧交を温めるふたり。


 もちろん、サフィナ宮殿侍女長とバシリオス宮殿侍女長として、水面下の暗闘を交わしてもいた。


 しかし、それ以上にロザリーを中心とした王国の侍女同士の紐帯があった。


 ハッと気づいたカリュが、アイカの前に膝をつく。



「……復命もせず、とんだご無礼を」


「いや、いいですいいです。いいもの見せてもらいましたし」


「アイカ殿下はお好きだと思ってました」



 お主も悪よのう……、という笑みを交わすふたりを、ツルペタの赤縁眼鏡侍女が不思議そうに見ていた。



「丸裸ですか?」


「丸裸です」



 と、カリュが地図を広げた。


 広大な草原のなだらかなアップダウンが詳細に記してある。



「さすがです! すっげぇ!」


「サラナ殿は、アイカ殿下の……」


「侍女になってもらいました!」


「ええっ!?」



 と、サラナが驚きの声をあげた。



「え……? 違うんですか?」


「い、いえ……、直臣とだけおうかがいしておりましたもので……」


「あれ? 直臣って侍女じゃないんですか?」


「……侍女は主に直臣かと思いますが、直臣だからといって侍女だとは……」


「アイカ殿下。サラナ殿は内政のスペシャリストなのです。だから法的取り決めにも……」



 と、カリュが言い淀むと、サラナがツルペタの胸を張った。



「ええ、うるさいですよ! 私!」


「そうなんですねぇ」


「……いえ。大丈夫です。たったいま、アイカ殿下は私を侍女に任命する意思を明らかにされましたので、謹んでお受けいたします」


「なんか雑で、すみません」


「いえ……、私が慣れます!」


「さっき言いかけましたのは……」



 と、カリュが微笑んだ。



「はい」


「内政のスペシャリストであるサラナ殿は、法律にお詳しいだけでなく、地勢を読むのがお得意なのです」


「……地勢を読む?」


「つまり、地形の活かし方です」


「それって……?」


「はい。もちろん、軍事にも活用可能です」


「お……、おおぉぉぉ!!」



 と、アイラはサラナの手を両手で堅く握った。



「待ってました! 貴女のような人を!」


「……あ、ありがとうごさいます」


「一緒に、落とし穴とか考えてください!!!」



 アイカは黄金色の瞳をキラキラと輝かせた――。

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