第122話 王都の片隅(1)


 ――私は、ツイていた。



 リティアから、孤児の食堂の運営を任されたガラは、常々そう思って生きている。


 あの日、たまたまクレイアに会わなかったら、そこにアイカがいなければ、アイカがリティアに頼んでくれなけば、今でも地下水路で凍えながら暮らしていただろう。


 いや、西域の兵士が王都を占領して、娼館は人手不足だと聞く。


 今頃、娼婦に身を落していたかもしれない。



「うわあ! うめえ!」


「なんだこれ? なんてお菓子?」


「おいしー!!」


「もっと、ないの? ノクシアスゥ!」


「はは。今日持って来た分はおしまいだ。また、買って来てやるよ」


「ほんと!?」


「絶対だよ! 約束? 約束だよね、ノクシアス?」


「ああ、約束だ。無頼は約束を破らねェ」



 食堂に寝泊まりする孤児の数は増え、いつも賑やかで騒々しい。


 リティアが王都を去り、先行きを不安に思っていたが、北の元締シモンは「心配するな」と何度も言ってくれた。それだけでなく、西の元締ノクシアスも気にかけてくれている。


 最初にノクシアスが顔を出した時、ガラも孤児たちも、北の無頼たちも警戒した。


 が、



「菓子を持って来ただけだ」



 と、包みを置いて、早々に立ち去った。


 それから、ちょくちょく顔を見せるようになり、今では孤児たちから兄のように慕われている。


 孤児たちには気安く振る舞っているが、王都の無頼の3分の1を従える大親分だ。西域の兵たちとも繋がってると噂で、たくさんの怖い男の人たちを従えている。



「ガラ。お前も食べろ」



 と、西域から来た珍しい菓子を、目の前に置いてくれた。


 王族や貴族とは別の意味で、孤児あがりの自分が気軽に口をきける相手ではない。その大親分が、優しく接してくれるのも、リティアのお陰であり、アイカのお陰であった。



「い、いただきます……」



 遠慮がちに両手で菓子をつかみ、頬張る。



 ――お……、おいしっ!



「美味いか?」


「はい! ありがとうございます」


「どうだ? 変なヤカラからつけられたりしてないか?」


「あ……はい……。おかげさまで」


「お前が一番、変なヤカラだろ」



 と、館の入口に立ったのは、シモン配下の若頭ピュリサスだった。29のノクシアスの4つ下。北街区の無頼を取りまとめる親分のひとりだ。


 ガラにとっては、街ですれ違っても遠目に憧れることしかできなかった若き親分だ。すぐ隣に腰を降ろすのは、いつまで経っても慣れない。少し頬を赤くして、俯いてしまう。



「お前が顔を見せると、北街区の無頼がざわつく」


「だから、ひとりで来てるだろ」


「余計に怪しむヤツもいるさ。随分、手下を増やしてるって話も聞くしな」


「へっ。言いたいヤツは、なにもなくとも言うさ」



 孤児にとって無頼は身近な存在であった。その中でも親分クラスとなれば、孤児にとっては憧れのスターだ。博打に勝って気分を良くした無頼が、飯をおごってくれるときなど、親分たちの武勇伝を聞かされる。


 そのスター2人の席に座っていることが、ガラには自分事とは思えない。



「気を付けろよ、ガラ」



 と、ピュリサスが片目を細めて、ガラの顔を覗き込んだ。



「えっ……?」


「ノクシアスは、おぼこい顔して、何人もの女を泣かせてる悪い男だからな」



 そういうピュリサスも、なにげにガラの肩を抱いている。



「はっ。お前に言われたくないわ」


「足繁く通うのはガラに気があるからって、噂になってるぜ?」


「ええっ!!!」


「ばか。ガラが本気にするだろ。…………無頼姫に、頼まれたからな。孤児の食堂を守ってくれって」



 ノクシアスは拗ねたように、顔を横に向けた――。

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