第37話 悪魔勇者 Side:悪魔勇者
ドラン大平原における人類軍と魔族軍の決戦は、双方が大混乱のうちに敗走するという奇妙な結果となっていた。
大地を埋め尽くさんばかりの大軍は双方で数十万にも達していた。その三分の一がいきなり幼女と化してしまったのだ。
しかも、どちらも総大将とその陣営がその変化に巻き込まれてしまった。
魔王軍の総大将にして異世界の勇者、この世界の女神からは悪魔勇者として恐れられている茂木
茂木はその右腕を失ったうえ、身体のあちこちには噛み傷や刀傷が見える。
彼は魔族軍の総大将のために用意された巨大な馬車の中で、侍従医たちによる手厚い看病を受けていた。戦場から離脱して丸一日、馬車が揺れる度に彼は痛みにのたうち廻る。
「くそっ! あのガキのせいで十二眷属を殺す嵌めになっちまった……」
茂木が転生した際、彼が引き起こしたテロ事件に巻き込まれて死亡した十二人が一緒に付いてきてしまった。
転生した十二人は怒りに狂った闇霊と化し、常に彼の周りに纏わりついていた。
ただ不思議なことに闇霊たちは、茂木本人を襲うことはなかった。それどころか彼の指示に従って敵を屠りさえする。
その理由はわからないが、実質的には茂木を守るガーディアンとなっていた。
そして今回の戦において、茂木と同じく十二人の眷属も幼女に変化させられてしまった。
その際、闇霊だった彼らの意識が人間だった頃の状態に戻った。幼女になった瞬間、彼ら全員が恨みを込めて茂木に襲い掛かってきた。
十二人の幼女は、爪で茂木をひっかき、噛みつき、ナイフを拾って切りかかってきた。
もし混乱の中、羽持つ深淵の黒虫ビヤーキー族による救出が間に合わなければ、彼は十二の刃に切り裂かれていたかもしれない。
だが間に合った。ビヤーキーたちが十二人の幼女を引き裂いたのだ。
その乱闘の中、タヌァカの投げた槍が茂木の右腕に直撃する。槍は幼女となった彼の右腕を切り落としてしまった。
「くっそ! 俺の右腕が……」
「主様、気をお沈めください。血が止まらなくなってしまいます」
戦場の後方で待機していたせいで幼女化を免れた神官たちが、茂木を必死で宥める。
彼らにとって茂木はこの世界に混沌をもたらす勇者。彼らの世界を巻き込んだ破滅願望が満たされるまで、どうあっても茂木に死んでもらっては困るのだ。
「おい、俺の腕は治せるんだろうな? そもそも元の身体に戻るんだろうな!?」
茂木が神官に向って怒鳴ると、神官たちが困惑する。
「勇者様のお力があれば元の身体に戻ることもできましょう。もちろん右腕もです。ただ、幼女になってしまうという魔術ですが、我々も此度に初めて知ったもの。どのように手を尽くせばよいのか、正直に申し上げましてわかりませぬ……ぎゃぁぁぁ!」
質問に答えていた神官の右腕を、茂木は魔力の込められたナイフで斬り落とした。
「わからねぇってのは俺の求めている答えじゃねーんだよ」
腕を斬られた神官は黙って頭を垂れ、後ろへと引き下がる。代わりに肌をあらわにした女神官たちが茂木の前に進み出る。彼は一人の女神官の胸を乱暴に弄んだ。
「けっ、こんな身体じゃ女も抱けやしねぇ」
不満をどこにぶつけようかと茂木が頭を捻っていた時、彼の右目に激痛が走った。
「ぐわぁぁぁぁ! 痛てぇぇぇぇ! なんじゃこりゃぁぁぁ!」
茂木の右目は真っ赤に染まり、頬に赤い血が流れていた。
それと時を同じくして――
「命中! 目標を撃沈」
護衛艦フワデラから放たれた魚雷が黒く巨大な海獣を水底へと沈めていた。
~ 天上界 ~
天上界の神総合病院の神集中治療室のベッドには、意識を失った聖樹が横たわっていた。
「ラーナリア大陸から十二眷属の反応が消失しました! 悪魔勇者の反応も弱まっているようです!」
神ドクターが十二眷属の消失を告げると、眠っている
この世界の外から何かが入ってくると、あるいは出て行くと、それは彼女の体調に少なからず影響を与えることになる。
彼女が治療室のベッドに入ることになったのは、この世界に呼び込まれた悪魔勇者たちが原因だった。悪魔勇者の召喚は彼女に耐えがたい苦痛を与えているのだ。
最古の大陸ゴンドワルナの女神ラヴェンナが、
「ミスティ……早く元気になって……」
悪魔勇者が召喚されたのは、他の大陸の女神たちにとっても大きな脅威であり、天上界では混乱が続いていた。
慌てて異世界の軍艦を乗員丸ごと転移させるという無謀な対処をしてしまったことが、さらなる大混乱を引き起こしていた。
そんな中で、悪魔勇者の十二眷属の反応が消えたことは、この混乱を収めるための大きな一歩となるだろう。
「ダゴンの反応消失! あの軍艦が女神クエストを達成しました!」
神ドクターの報告を受け、女神ラヴェンナの顔に久しぶりの笑顔が浮かぶ。
「私の失敗で帝国の船を転移させちゃったけど、これは却って正解だったかも!」
女神ラヴェンナは未だ眠り続けている
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