フワーデ・フォー

第104話 地下ダンジョン

 偶然の結果か、何かの策略中か、人質となったカトルーシャ王女を救出して以降、妖異軍の侵攻はなりを潜めている。


 とはいえ小規模な遊撃部隊による奇襲は続いているので、決して平和が訪れたということではない。


 今では全員が大人に戻った帝国水陸機動隊と、大陸でも精強な種族として名を馳せている白狼族で編成された部隊が、戦闘ドローンを引き連れてマーカス子爵領とタヌァカ騎士爵の管理する土地を守り続けている。


 今日も今日とて、リーコス村から10キロメートルの場所に移動中の妖異軍部隊を鳥型偵察ドローン・カラスが発見。坂上大尉の率いる小隊が急行していた。


「サ、サカガミ! 13時方向800メートル先に岩トロル2体!」


 水陸両用多脚型戦闘ドローン・アラクネの背面座席に立っている白狼族の女性ヴィルミカーラが双眼鏡を覗きながら坂上大尉に敵の位置を知らせる。


 報告を受けた坂上大尉が、座席のコンソールに素早く情報を入力すると小さなモニタに敵影が映し出された。


「岩トロル2体を確認! ロックオン完了。発射まで5秒、4、3、2、1……」


 ヴィルミカーラと坂上大尉の声が重なる。


「「ってぇぇぇ!」」


 アラクネの両サイドに搭載されている軽MAT(01式軽対戦車誘導弾)が岩トロルに向って発射される。


 ドドーーン! ドドーン!


「ターゲットキル!」


 双眼鏡で対象の破壊を確認したヴィルミカーラの声が響く。


 ウィィィン!


 アラクネが妖異軍に向って進み始める。500メートルまで近づいたところで停止し、前面に搭載されている96式40ミリ自動擲弾てきだんが、残存する妖異の掃討を開始する。


 ドン……ドドーン!


 ドン……ドドーン!


 ドン……ドドーン!


 次々と妖異に弾着し、魔族たちが慌てて逃げていく。


「坂上大尉ぃ! 俺たちの仕事も残しておいてくださいよー!」

 

 73式小型トラックに乗った水陸機動隊隊員のひとりが大声で坂上大尉に呼び掛ける。


 妖異軍にいる魔族が撤退を始めるのを見計らって、南大尉が水陸機動隊を引き連れて破壊された岩トロルがいる場所へと進んで行く。


 水陸機動隊は、同行する四脚型ドローン・ティンダロス、アラクネに搭乗しているヴィルミカーラ、そして上空の飛行ドローン・カラスからの索敵情報を元に、的確に残存妖異を発見し、即排除していく。


「それじゃ、魔鉱石を回収して帰るぞ!」


 妖異たちを殲滅完了後、南大尉の号令で岩トロルの残骸が回収された。


 魔鉱石を多く含む岩トロルの身体は、細かく砕かれて洗浄された後、護衛艦フワデラの魔力転換炉(士官食堂の電子レンジ)でチンされて燃料などに転換する。


「うげぇ! また岩トロルなの!? エンガチョなんですけど!?」


 岩トロルの残骸をチンする度に、護衛艦フワデラの精霊であるフワーデが文句を言う。

 

「好き嫌いはいけませんですん! 一生懸命に生きていた岩トロルさんの命を奪っていただくのです。ちゃんと感謝の心でいただきますするのですよん!」


 こうした不破寺神社の神職とフワーデのやりとりは、護衛艦フワデラの日常的な場面となっていた。




~ グレイベア村 ~


 妖異と襲撃してくる魔族については確実に排除するが、逃亡する魔族についてはそのまま見逃すのが基本方針だ。


 魔族の捕虜を確保した場合、彼らはグレイベア村へと送られる。そこでルカ村長ことドラゴンによる拘束紋を刻まれた後に、解放もしくは村に居住してタヌァカ軍に加わることになるのだ。


 人間や魔族も似たような拘束術式を使う。魔族兵の中は拘束術式を施されている者も少なくないが、ドラゴンによる奴隷拘束紋はそういったものも完全に上書きしてしまう。


 そのようにして次々と勢力を拡大していくグレイベア村の実態を、王国の人間が知っていたら、人類の脅威として敵対せざる得なかったはずである。


 だが王国の特使としてグレイベア村を訪れたドルネア公爵も、また村の実情を探るべく送り込まれた各国の間諜も、その秘密に迫ることはできなかった。


 その秘密とは――


 グレイベア村村長宅にある一つの部屋にある。


 その扉に掛けられた木製の看板には次のように文字が彫られていた。


 『シンイチとライラの交尾部屋』


 実質的にグレイベア村の主であるシンイチ・タヌァカが嫌がっているにも関わらず、その看板が使用されている部屋の中にあるのが――


 地下ダンジョンへの入り口である。


 元々地下で生活している魔族は多い。しかも、既に攻略済みであるこのダンジョンはダンジョンオーナーであるタヌァカ氏や、ダンジョンマスターであるルカ村長たちによって快適空間へと魔改造されている。


 そのため捕虜となった魔族の多くは、この地下ダンジョンで生活することを選択した。そのあまりにも快適な生活に、いつしか彼らはドラゴンの拘束紋がなくとも、グレイベア村に根を下ろしていくのである。


 この地下ダンジョンは、魔族たちによって拡大を続けており、元は全15階層だったのが28階層まで深堀されている。


 もちろん水平方向にも広がり続けており、もはや地下都市とでも呼べる状態になっていることは、ダンジョンオーナーのタヌァカ氏でさえ把握していない。


 今日もリーコス村から捕虜となった魔族が移送されてきた。


 捕虜たちを前にして、大柄の鬼人が彼らの処遇を説明していた。


「捕虜となった諸君には、まず地下牢に入ってもらうことになる。その後の処遇については個別に希望を聞くものとする」


 鬼人の隣に立っていた若い人間の男性が不気味な笑みを漏らす。


「ククク。お前らが地下牢生活にどこまで耐えられるのか見ものだぜ」


「タクス、妙な脅しをかけるのはよせ」


「そうは言ってもフワさん、こいつらの中には魔族優性思想の輩がいるかも知れねぇ。もしそれがわかったときは……」


 金髪碧眼の男の目に妖しい光が宿る。


「あぁ、わかった。そのときはお前に任せる」


 鬼人が頷くと、これから自分たちを襲うであろう恐怖に怯える捕虜たちは地下牢へと連行されていった。


 三日後。


 地下牢と呼ばれるダンジョン一階層では、温泉に浸かり、あるいは卓球台で遊び、新鮮な懐石料理に舌鼓を打つ捕虜たちの姿があった。


 ちなみに人間を全て滅ぼして魔族だけの世界を創ろうという魔族優性思想の持主は、タクスによる洗脳……平和思想教育カリキュラムを受けていた。

 

 タクス式平和思想教育カリキュラム――


 それはタヌァカ式人外脳作成カリキュラムの魔族版である。


 帝国には人×人外は勿論、人外×人も、人外×人外でも、どのような性癖――もとい思想を持った者にも対応可能な教科書に溢れている。


 この元海賊の男タクスは、タヌゥカ氏がもたらす異世界の芸術に感銘を受けた一人である。タヌァカ氏が提供する資料を熱心に読み漁り、ついには自分でも作品を手掛けるまでに至った猛者だ。


 タクスは、タヌァカ氏と共同で様々な性癖――もとい思想に対応するカリキュラムを開発してきた。


 本人たちは大のエロ好きではあるが、決してカリキュラムの全てがエロではない。


「そこの女レイス! 冬目フレンズ帳を視聴した感想を述べてみなさい」


「はい。生まれてこの方ずっと人間のことを蔑んできましたが、こんなに胸がキュンキュンしたのは初めてです。冬目きゅんみたいな男の子がいるなんて、わたしったら人間になんて偏見を持っていたのかしら」


「そうか。二次元と三次元の区別はつけろと言いたいところだが、お前はなんとなく二次元でもイケそうだな。頑張れよ、タクス先生応援してるからな!」


「はい! ありがとうございます!」


 こうして今日も一人の魔族が落ちた。


 沼に。



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