第105話 婚約発表とその余波

  南大尉と坂上大尉が婚約を交わしたという話は、あっと言う間に大陸中を駆け巡った。


 大陸中という表現は大袈裟だったかもしれないが、それほど的外れでもない。


「艦長! イザラス村がお祝いに魔鉱石送ってくるそうですよ」


 司令部のレストランで食事をしているときに、一緒に昼食を食べていたシンイチがそんなことを教えてくれた。シンイチの隣でもぐもぐと口を動かして、から揚げを食べているライラが超カワイイ。


「イザラス村!? 北方の!?」

「そうです」


 確か、南大尉が坂上大尉に男らしくプロポーズしたのは10日くらい前の話だったはず。


 それが千キロ以上も北にある寒村に伝わっているとは……。


「さすがにこの戦時下ではリーコス村まではこられないので、魔鉱石と村のみんなが持ち寄った祝い品を冒険者に依頼して海路で運ばせているそうです」


 そう言えば、リーコス村~港湾都市ローエンはこれまでに三度ほど往復している。一度は最初の訪問時、二度は古大陸へ向かう際に寄港、そして直近では魔鉱石を購入するためだ。


 またその途中、何度か妖異軍と遭遇しこれを掃討している。妖異軍に襲われている商船や軍艦を助けたこともあり、今では比較的安全な航路として認識されつつあるようだった。


 演習の際、200海里ほど北上することがあるが、その際にも航海中の商船をよく見かけるようになった。


 それでも情報の伝達は早すぎる気がする。


 その疑問はすぐに解けた。


「グレイベア村の地下ダンジョンにある拠点からなら、マルラナ山の古代神殿と繋がっているので、俺のスキルを使えば一瞬で移動できるにはできるんです。でも自分以外で移動できるのは触れている対象に限定されますし、なによりEONポイントの消費が凄いので。海路を使った方がいいだろうということになりました」


 そう言えば、シンイチとライラは、マルラナの古代神殿から拠点の移動機能を使って、妖異軍から逃れてきたのだったな。


 あの拠点機能は、使用者が固定されているらしく、我々では扱うことができなかった。


「そうか、シンイチが南と坂上の婚約を伝えてくれたのか」


 拠点間の通信はEONポイントをそれほど消費しないようなので、シンイチにはイザラス村の魔鉱石採掘状況についての確認をお願いしていた。そのときの話題に二人の話が上ったということだろう。


「ええ、短い間だったけど二人にはお世話になったと村の人たちが言っていましたよ」


「そうかぁ。遠方からそんな風に祝いが届くと言うのは、なんというか感動的だ!」


「ですよね! 俺もそう思います」


 アハハハと大笑いしているこの時の私は認識が甘かったと言わざる得ない。


 食事を終えて艦橋に戻ると、何やら小難しい顔をして平野副長が近づいてきた。


「艦長、アシハブア王国と諸侯から、南・坂上両大尉の婚約祝いと結婚式への参加を希望する書状が、駐在部隊にぞくぞくと集まってきているようです」


「お、おう! そ、そうなの?」


 これは直接、現地の状況を確認した方が良いと判断し、わたしはCICに移動してモニタで現地部隊と連絡を取った。


 マーカスの護衛(と言う名の監視)で王国に向って以降、両大尉はもっとも王国での滞在期間が長い。


 その期間中、マーカスはもちろん王国側からも頼りにされ続けていたのは両大尉だった。現地部隊の報告では、表立ってはいないものの国王からの信頼も相当厚いでしょうとのことだった。


 どうも二人は、軍務として提出された報告書の行間で、獅子奮迅の活躍をしていたようだった。


 報告した現地駐在の隊長は、あくまでも噂であると断った上で、色々な話を聞かせてくれた。


 曰く、悪役令嬢と誤解されていた貴族令嬢を影から支えて、他国のスパイとして送り込まれていた聖女の正体を暴いて、第一王子との婚約解消を未然に回避した。

 

 曰く、無能と蔑まれて宮廷門番チームから追い出された俺が、スキル【膝カックン】を駆使して騎士爵に任命された件!では、追い出された俺くんの才能を見出し、深夜の特訓で鍛え上げた。


 曰く、妾の娘として虐げられ家を追い出された私が実は聖女であることがわかった途端に実家の掌返し、でももう遅い!では、家を追い出された少女を保護したら、回復魔術の才能があることが判明した。


 そんなこんな話が次々と出て来た。どこまで本当なのかわからないが、噂話に登場する人々が南・坂上大尉に対して絶大な信頼を寄せているのは確かなようだった。


 この時点で、二人の結婚式が大変なことになるのは私にも予想がついた。


 なので、グレイベア村のルカ村長から通信が入ったときには、凡その覚悟というか受け入れ態勢は整えていたつもりである。


 だが……


「艦長さーん! お元気ですかー! 南さんと坂上さんがご結婚されるそうで! 私たちからもお祝い申し上げまーす!」


 CICでグレイベア村と通信を行っていた私が見たのは、古大陸にいるはずのミライとガラムがニコニコ笑顔で手を振る姿だった。


「えっ……何? これ……」

 

 呆然とする私にルカ村長が説明してくれた。


「これは録画じゃ。シュモネーが所用で古大陸に向った際にスマホで撮影してきたらしい」


 ん? 古大陸? シュモネーさんがスマホで撮影?


 二人の婚約は10日前のはずだったが、この短期間で古大陸に行って? ミライとガラムに会って? 撮影して? 戻ってきたの?


 困惑のあまり私の目がグルグルになっているのを見て、ルカ村長が私をなだめるように、


「まぁまぁ、タカツ艦長。あのシュモネーは例外。例外じゃから、あまり深く考えん方がいい」


 私はルカ村長のアドバイスに従って、もう考えないことにした。


 とにかく、さすがにこれ以上はもう驚くことなんてないだろう。


 ……そう思っていた時期がありましたが、翌日にはそんな油断は崩れ去りました。


「こおおおおおじぃぃぃぃぃぃぃい!! おまっ、おまっ、生きてたんかー!!」


「兄ちゃん!! 結婚するんだってね! おめでとう!」


「浩二くん……よかった……生きてくれててよかった……グスッ」


「春姉ぇ! 心配かけてごめんよ。でも俺、二人は絶対に結婚するってずっと思ってた! おめでとう!」


「ありがとう、浩二くん」


 昼食時、Amazonoで注文した荷物を運んできた佐藤さんがシンイチの傍に現れた際、佐藤さんは見知らぬ男性を連れて来ていた。


「本当は、天上界のフロント企業の人との面会は禁止されているんですけどね。普段からお世話になってるシンイチさんのためにって、南さんの働いているスキル開発部の人たちが頑張って上と交渉したみたいなんすよ」


 佐藤さんの言ってることがサッパリ分からなかったが、どうもシンイチは天上界にも顔が効くのだなということだけは理解した。


 そしてその結果として、佐藤さんの隣に立っている男を見て、南大尉と坂上大尉が顔面くしゃくしゃにしながら泣いているという事態になっている。


 それにしても浩二か……南浩二……どこかで顔を見たことがあるような……


「あぁ! 思い出した! 南浩二! あのマルラナ神殿の前で頭空っぽの遺体だった、南大尉のいとこの南浩二か!」


 絶叫し、あわあわする私を見て、南と坂上が私に浩二を紹介する。幼女の姿をしているが、私が二人の上官だと知った浩二は丁寧に挨拶してきた。


「か、艦長さん? あっ、わたくし、株式会社マイクロアップルテクノロジー、スキル開発部の南浩二と申します。二人がいつもお世話になっております。あっ、これ名刺です」


「ど、どうも……幼女ですが艦長のタカツです」


 差し出された名刺を受け取る私の横で南大尉が南浩二の背中を叩く。


「おっ!? 名刺とか、ちゃんと社会人やってんだなぁ!」


「ちゃんと挨拶もできて偉いね!」

 

 南と坂上が南浩二を可愛がっていることが、この短いやり取りの中で伝わってきた。南浩二がここに至るまでの状況を二人に語る。


「俺、マルラナ山で脳だけになったときはヤバかったらしいんだけど、ここにいるタヌァカさんが脳を回収してくれたおかげで助かったんだ。とはいえさすがにもう就職は無理かなとか思ってたら、タヌァカさんが救った奴だからってスキル開発部の人たちが拾ってくれて、今はなんとか頑張ってるよ」


 そうか……。マルラナの古代神殿で南浩二の遺体を見つけたとき、同行していた北方人が彼の脳が保存されているのを見たと言ったのは、本当のことだったんだな。(かんちょーの脳みそ負荷率:80%)


 それを天上界に回収されて、新しい身体が与えられでもしたのか。だから生きてる。まぁ神様たちのすることだからな。生きててもおかしくない……のかもしれない。(かんちょーの脳みそ負荷率:120%)


 で、スキル開発部?の人たちが何かの理由でシンイチに恩義を感じていて、それで南浩二が就職できて、佐藤さんが連れて来て、南と坂上と再会して感動の対面で、それで、それで……なんじゃこりゃぁぁ!?(かんちょーの脳みそ負荷率:ばくはつ)


 もういいや。


 すべてありのままを受け入れよう。


 悟りを開いた私は椅子に腰かけて、そのまま帝国の国宝「弥勒菩薩半跏思惟像」のポーズでフリーズした。



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