第95話 司令部(村長宅)

 アシハブア王国の外交使節団一行と我々は、リーコス村を見下ろす丘の上に立つ司令部兼村長宅に移動した。


「カトルーシャ王女も間もなく到着されると思いますので、まずは宴席にて食事でもしながらお寛ぎください」


 まさに慇懃無礼という言葉を体現するかのように、私はスプリングス氏から教授された王国礼をきっちりと執りながら、口角を上げて声に皮肉をたっぷりに込めて応対した。


「ふむ。それでは王女と新しい艦長が到着するまで待つとしよう」


 さすがは外交を担うだけあって、私の皮肉を受けても彼らは一切表情に出さない。もしかすると単に気が付いていないだけなのかもしれないけど。それとも、我々のことを犬に吠えられても気にしないくらいに思っているのか。


「まさか司令部というのが村長宅とは……。王国の使節を迎えるに獣臭い場所では失礼にもほどがあろう」

「静かにしなさい。獣人に聞かれますよ」

「聞かせているのですよ」


 使節団の若者1と若者2と中年3が、ドルネア公の背後でぶつぶつ言っているのを私の聞き耳スキル(自前)が拾う。こいつら名前何だっけ? もう覚えてもやらん。


 それにしても、亜人や獣人に対する偏見がここまで酷いとは……。


 帝国においては、差別を強く否定する風潮が過激なほど高まっており、LGBT法なる法律まで成立していた。


 そんな帝国において超意識高い系だった私は、LGBTどころかABCからZまで差別反対だった艦長だ。まぁ、よくわかっていなかったことは認める。


 私が何かを差別するとすれば、それは帝国臣民とその同胞であるかどうか、その一点に限ってのことだ。


 なので、帝国の同胞であるリーコス村の人々を蔑むような輩は、私にとってはもはやンコ以下なのである。


 しかもこいつら白狼族のことを「獣人」と抜かしやがった。

 

 亜人に対して獣人呼ばわりするのは、亜人に対しても獣人に対しても非常に無礼な対応なのだ。刃傷沙汰にまで発展しかねない行為だったりする。


 港湾都市ローエンの初級ダンジョンでは、盗賊がヴィルミアッシュとヴィルミカーラを獣人呼ばわりして怒りを買っていた。


 ただあの時の二人は、私の指示に従うことを第一優先にしていたために盗賊の首が飛ぶようなことにはならなかったのだが。


 などと考えているうちに使節団を乗せた車が村長宅前に到着した。


 どうも彼らを迎える村人たちの表情が固い。若者1が村の広場で怒鳴った「亜人風情」発言が既に伝わっているのだろう。


 私はインカムを通じて乗組員と村人全員に小声で話をする。


「使節団ご一行は、どうも我々リーコス村のことを見下しているらしい。彼らを大歓待して、本当に見下される者は誰なのか見せつけてやろうじゃないか」


 通信を終えた私が親指を立てると、私の視界にいる全員が笑顔を浮かべていた。


 片方の口角が高く上がったニヤリといった笑顔だ。




~ 高慢と偏見 ~


 外交使節団への応対用にあらかじめ「プランE」を用意していたのは、こうした事態を想定していたからである。


 きっかけとなったのは、王女の治療方針についての会議でタヌァカ氏の発言による。

 

 会議終了の間際、タヌァカ氏がそっと手を挙げたので発言を促すと、彼はゆっくりと言葉を選びつつ話し始めた。


「艦長、えっと……王女の精神状態が安定するまでは、自分たちグレイベア村の者やリーコス村の方々は彼女の目に触れないようにした方が良いと思います」


「そうなの? どういう理由があってのことなのかな?」


 私としては単に理由がわからなかったから聞いただけなのだが、どうやらタヌァカ氏としては聞かずに察して欲しかった類の話題だったようだ。


 普段はしっかりとした青年であるタヌァカ氏の目が泳ぐ。タヌァカ氏の様子を見たスプリングス氏が代わりに私に教えてくれた。


「アシハブア王国では亜人や獣人に対する偏見が非常に強いのです。第三王女は開明的な方ではありますが、それでも王族として過ごされてきた環境を考えると、シンイチ様のおっしゃる通り王女の目に入らないようにした方がよいかと思います」


「それほど差別意識が強いのか?」


「ええ」


 私の質問にスプリングス氏の表情が、まるで私に殴られでもしたかのように辛そうに歪む。


「その差別の結果がこれです」


 彼は右手を左の義手に沿え、それから額の傷に手を持って行った。


「「「えっ!?」」」


 タヌァカ夫妻とスプリングス氏を除く、その場の全員が驚きの声を上げた。


「私はアシハブア王国の貴族として生まれました。かつては私も亜人や獣人を蛇蝎だかつの如く忌み嫌っていたのです」


 スプリングス氏は喉から声を絞り出すように語り続ける。


「そ、その高慢と偏見によって、私は自分の右腕と貴族の嫡男としての地位を失いました。もしシンイチ様がいなければ、そのまま野垂れ死にしていたことでしょう」


「な、なるほど……わかりました。辛いことを思い出させてしまって申し訳ない」


 スプリングス氏に何があったのかはわからないが、彼の顔が青ざめているのを見ると、相当辛い過去だったに違いない。私が話題を変えようとすると、彼は最後にもう一言だけと断って話を続けた。


「ただ、当時の私が持っていた価値観は、このアシハブア王国……特に王侯貴族の間では決して特殊なものではないということです」


 こうして重苦しい空気の中で会議は終了した。


 ただ結果としては、後々、カトルーシャ王女がそれほど亜人や獣人に対する偏見を持っていなかったことが判明する。


 タヌァカ氏とスプリングス氏の分析によると、王国では男尊女卑の風潮も非常に強いため、女性である王女は差別される者に同情的なのかもしれないということだった。


 こうして私たちは最悪の場合に備え、「プランE」を作成することとなった。


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