第64話 出発と別れ

 私たちはホテル内にある庭園に集まっていた。


 出発に当たってマーカスとヴィルフォランドールが手にしていた物は、日帰りクエストに向う冒険者が持って行く程度の荷物だけだった。


 ミーナや他の面々がマーカスたちとの別れの挨拶を交わす中、私たちもミライとの別れを惜しんでいた。


 そう……彼女はこの古大陸に戻るために、私たちと一緒に来てくれていたのだ。そして彼女はいま古大陸に立っている。


「ミライちゃん……ここでお別れして大丈夫なのか?」


「はい。ミーナさんにメイドとして雇って頂けることになりました。艦長さんや船の皆さんには大変お世話になりました」


 そう言ってペコリとお辞儀したミライの目に涙が溢れていた。ちなみに私の方はと言えば、さっきからナイアガラの滝のごとく泣いてる。


「艦長さん、泣き過ぎです。またきっと会えますよ」


「そだね……グズ……」


 いや。もう会えないだろう。それどころか同じ世界にさえいられなくなるはずだ。


「ミライぢゃんー--」


 私はなりふり構うことなくミライの腰に抱き着いて泣き散らかした。


 ババババババババババ


 遠くから迎えの音が聞こえてきた。それが何の音かわからない面々は、不安そうに空を見上げる。私は泣くのを止めて、マーカスとヴィルフォランドールに顔を向けた。


「迎えが来ました」


 ババババババババババ


 ホテルの庭園、私たちの目の前にSH-60L哨戒ヘリが着陸する。ドアが開いて中にいる乗組員クルーが手招きをして、私たちに急ぐように叫んでいた。


「「「なっ!?」」」


「「魔物!?」」


 私はヘリに向って駈け出しつつ、マーカス達に急ぐように叫ぶ。


 ババババババババババ


 全員の搭乗が完了すると、ヘリが高度を上げ始める。

 

 ババババババババババ


 庭園にいた人々はもちろん、ホテルの建物の窓が開いて中にいた人々がこちらを指差し、レストランから人が飛び出して、通りを行く人が腰を抜かしているのが見えた。


 ババババババババババ


 窓から下を覗き見ると、ミライとガラム、ミーナとヴィルフェリーシア、そして大人の魅力に溢れる熟女サラディナが大きく手を振っていた。


 派手な退場となったが、この大陸にはもう来ることもないからな。後はガラムが何とかしてくれるだろう。


 私はインカムで平野に通信を入れる。


「対象の確保完了。これよりフワデラに帰還する。戻ったらすぐ出発するぞ」


「了。お疲れ様でした」


 平野の声から、彼女が安堵している様子が伺えた。機嫌も良さそうだ。このまま我が妻への報告書も削除してくれると良いのだが。


 無理だな。無理だろうな。


 そして――


 マーカスとヴィルフォランドールを乗せた護衛艦フワデラは、一路リーコス村に向けて出航する。




~ それを見た者たち ~


【キーストン・ロイド】

 勇者支援学校の卒業単位を取得するため、王都からそう遠くない山中で行われている強化合宿に参加していたキーストン・ロイドは、その音を聞いた。


 ババババババババババ


 今世では聞いたことのない、しかし遠い記憶が刺激されるその音の正体に気付いたキーストン・ロイドは授業を抜け出して山頂へと駆け上る。

 

 そして遥か遠くの空に、ゆっくりと進んで行くソレを見た。


「ヘヘ、ヘリコプター!?」


 一瞬、思わず追いかけそうになったが彼は思いとどまった。いまの自分にとって大事なものが何か、彼はもう決めていたから。




【勇者シズカ】


 ババババババババババ


「シズカ! ドラゴンが飛んでる!」


 そう言って魔族の青年が指さす方向を見た勇者シズカは、呆然とするあまり、手にしていた聖剣を思わず取り落としてしまった。


「アレス、あれはドラゴンじゃないよ。ドラゴンなんかじゃない……」


 あれはヘリって言うんだよアレス。私がいた世界の乗り物なんだ……。


 そう言いかけた言葉をシズカは胸に手を当てて呑み込んだ。


 そして彼女の顔を横切る大きな傷跡に触れる。

 

 私は帰りたいのだろうか。


 帰れたとしてそれを選べるのだろうか。

 

「シズカ……大丈夫?」


 アレスの美しい瞳が心配そうにシズカの顔を覗き込んでいた。


 もしあのヘリが私を迎えにきていたのだとしても……。

 

「うん! 優しいアレスがいてくれるから大丈夫だ! お礼におっぱい揉ませてやろうか?」


「そそそ、そいういのは良くない! 良くない! 心配して損した!」


「嘘つけ! 嬉しいくせに!」


 真っ赤に顔を染めるアレスの頭を両手でくしゃくしゃにしながら、シズカは自分がもう答えを見つけていたことを思い出していた。




【悪魔勇者】


 大陸各地で魔族と人間との戦争を仕掛けている岸田光人は、海魔族に銘じて人間が使う航路を見張らせていた。


 数日前、サマワール帝国からボルヤーグ連王国に向う巨大な船を発見したとの報告が海魔から上がってきた。試しに海魔族たちに襲わせてみたが、まったく歯が立たずにほぼ全滅してしまった。

 

 仕方ない。久々に自分で動いてみようと考えた岸田は、右目を指で抑えて妖異の力を発動する。


 彼の右目たる妖異獣ヒュドラが、生き残った海魔族に導かれて巨大な船の後を追った。右目を抑えて力を放し続ける間、彼はヒュドラが右目で見ているものを見ることができる。


 そして彼は見た。巨大な船とそれに近づこうとしているものを。


「あれは軍艦? それにヘリじゃないか? この世界にどうしてあんなものが……」


 戸惑いながらも岸田光人はニヤリと口角を上げて笑う。


「面白い。ちょうど妖異獣の力を試したかったところだ」


 岸田光人が自分の右目を強く抑えて意識を集中すると、妖異獣ヒュドラは恐ろしい咆哮を上げながら、真っ直ぐに船へ向かって行った。


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