第65話 妖異獣ヒュドラ
「タカツ! 艦から離れて! アイツが来る!」
護衛艦フワデラの後甲板を視認したパイロットが着艦シーケンスに入ろうとした瞬間、操縦席にフワーデが現れた。
フワーデの「アイツ」という言葉の語気で、私にはそれが港湾都市ローエンに向かう途中で襲ってきた海獣のことだというのが分かった。パイロットに合図してヘリをフワデラから離れさせる。
「ヒラノ! ワタシに船の制御を! あと水測も止めさせて! 何か仕掛けてきそうなの」
「艦長」
インカムから平野の声が聞こえてくる。
「フワーデの言う通りにしよう。また気絶させられては叶わん」
「了!」
その直後、インカムから突然フワーデの歌が大音量で流れて来た。私の左耳にどこかで聞いたようなアニソンっぽい音楽が響く。
『フッ、フッ、フワーデ、フワーデのー 乙女のハートがときめくのー!』(作詞作曲:山形P)
おそらく艦の全員が呆然としている中、私の右耳は遠くから聞こえる獣の咆哮を捉えて――
「……」
「……して、目を覚まして!」
フワーデの声に意識を取り戻す。一瞬、自分がどこにいて何をしているのか分からずに混乱したが、すぐに自分がヘリの中にいることを思い出した。
「私は意識を失っていたのか……ヘリは大丈夫か!?」
パイロットが意識を失っているのではないかと、私が慌てて確認するとパイロットは私に向って親指を立てた。
どうやら何事もなかったようだが、座席を見渡すとマーカスとヴィルフォランドールが目を回して気絶していた。
青峰と相模はインカムを付けていたのでフワーデに起こしてもらえたのだろう。
「艦の皆は大丈夫なのか」
「ダイジョーブ! 今はみんな私のライブを視聴中だよ!」
ほっとした瞬間、インカムからフワーデの歌が流れ続けていることに気が付いた。
以前はCICのモニタに映った海獣の姿を見て気絶させられたが、咆哮でもこれほどの力があるのか。咆哮を聞かせまいとするフワーデの機転には感謝するしかない。
「タカツ! 魚雷撃って良い?」
「構わん! ぶちかましてやれ!」
「わかったー!」
後の報告で、この時は山形砲雷科長はフワーデソングを口ずさみながら、フワーデフィルタを通して青いイルカで照準調整していたらしい。
「魚雷発射! ターゲットまで5、4、3、2……、えっ!? 爆発!?」
「何か海獣の前に飛び出してきたよ!」
ヘリで上空にいる私たちからも、立ち昇る水柱と轟音で魚雷が爆発したことを確認していた。
「な、な、なんだ!? 何が起こってるんだ!?」
「わっ、俺、どうしちゃってたんだ!?」
マーカスとヴィルフォランドールが魚雷の爆音で意識を取り戻した。
「妖異が襲ってきました。現在、護衛艦と交戦中です」
「大丈夫なのか?」
私はマーカスの質問に答えず、インカムで平野に状況を確認する。どうやら海獣に魚雷が命中する直前、怪獣の周囲にいた多数の小型妖異が盾になったらしい。
「小型妖異って、この大陸に到着したときに襲ってきた半魚人みたいな連中か」
「そのようです」
「やっかいな。魚雷を打ってもまた防がれては……」
フワーデが目の前に現れる。
「タカツ! 手伝って!」
「わかった。何をすればいい?」
「そのヘリには爆雷が2つ積んでるよね。次の魚雷をアイツの足元で爆発させるから、浮上してくるところに落として欲しいの」
「よし、それで行こう」
私は即決した。さらに平野に魚雷発射後には命中の如何を問わず最大船速で、この海域から離脱するよう指示した。ここから十分離れた上でヘリを着艦させればいい。
「うんてんしゅさんの目と耳はわたしが守るから、タカツたちは目と耳を塞いでて! もし咆哮が聞こえても気をしっかり持っていれば我慢できるはずだよ!」
「わかった。頼んだぞフワーデ!」
「まかせて!」
再び護衛艦フワデラから魚雷が発射される瞬間の様子をフワーデが操縦席のモニタに映してくれた。
次の瞬間、モニタに「目を閉じて!」と笑顔で訴えるフワーデの姿に切り替わる。
「皆! 目と耳を閉じるんだ!」
パイロットと副操縦士を除く全員が目を閉じ耳を塞いだ。
ヘリが急速に高度を上げていくのを感じる。
耳元ではフワーデが替え歌で現状を知らせていた。
「フッ、フッ、フワーデ、の魚雷さんー♪ 海獣の足元でー、足元でー、足元でー、足元でー」
歌詞が思い浮かばんのかーい!とツッコミを入れた瞬間、
「どっかーん!」
叫ぶフワーデの声と同時に、ヘリが急降下を始めた。
微かな振動で爆雷がヘリから投下されたのを感じる。
そして――
「そしてどかーん!どかーん! め、い、ちゅ、う、だー♪ やふー!」
ヘリの中からでも爆発の振動が感じられた。
「フワーデ! もう目を開けていいか?」
「うん、もう大丈夫だよ! えっとターゲットキル?」
目を開いて窓から海上を見下ろすと、そこには恐らく海獣のものと思われるいくつかの肉片とオイルのような液体が僅かに見えるだけであった。
それも波に呑まれてすぐに消えてしまった。
心に重く伸し掛かっていた圧もいつの間にか消えていた。
「勝った……のか」
私が安堵のため息を吐いてから、目の前で必死に目を閉じ耳を塞いでいるマーカスとヴィルフォランドールの肩を叩き、二人を安心させた。
そして私たちを乗せたヘリは、海域を離れつつある護衛艦フワデラの後を追った。
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