第66話 妖異獣ヒュドラ Side:悪魔勇者

※悪魔勇者の残虐性を説明しているだけの回なので、怖いの要らないという方は飛ばして大丈夫です。


 岸田光人ライトはトラックに跳ねられて死んだはずだった。信号待ちをしているときに、次の瞬間にはトラックが眼前に迫っていたところまではハッキリ記憶している。


 気が付くと見知らぬ異世界で目を覚まし、ローブを来た怪しげな連中に勇者と祭り上げられた。彼らは星の智慧派という、この大陸で広く信じられている聖樹教の異端であった。


 星の智慧派は彼に聖剣デスブリンガーを与えた。この黒き剣で岸田光人は、魔王候補者として魔族たちを統一しつつあった鬼人王ヴェルクレイオスの首を斬り落とした。


 以降、彼は魔族から魔王として認められ、大陸の覇権を手に入れるべく戦の狼煙を上げる。勇者の力と聖剣デスブリンガー、そして魔族という強大な力を手に入れた彼は、戦の中で彼の欲望を満たしていく。


 それは前世で彼が命を失う直前に気が付いた欲望。


 仕事帰りの電車内で発生した放火テロ。


 隣の車両では、燃え盛る火と刃物を振り回す狂人から逃れようと、人々が彼のいる車両に駆け込もうとしていた。その人々の目に浮かぶ恐怖が彼の嗜虐心を満たした。


 彼はとっさにアタッシュケースを車両のドアに押し当てて、ドアノブが回せないように固定する。


 隣の車両ではドアの前に人々が殺到した悲鳴を上げている。彼の乗っている車両でも異変に気付いた人々が騒ぎ出したが、岸田の行為を制止するものは誰一人としていなかった。


「人が殺されてる!」


「向こうの車両で火が燃えてるよ」


「あの人がドアを押さえてくれてるけど、このままじゃヤバくない?」


 むしろ隣の火と惨劇が自分たちの方にこないように願っているものもいた。そして岸田光人は惨劇が終わるまでドアを押さえ続けた。隣の車両の人間が狂人に殺され、彼の目を見て救いを求めながら死んでいく様子を愉悦を伴って見ていた。


 これだよ! 俺がずっと欲しかったのはこの快感なんだ!


 最後に狂人の自刃によって惨劇が終わると、彼はドアから離れ駅に到着した電車からなだれ出る人々に紛れて消えて行った。


 その直後、信号待ちをしているところで誰かが彼の背中を押し――そして彼はトラックに曳かれて前世の命を終えた。


 この世界についた直後は、彼の背中を押した奴への復讐を考えていたが、今となってはむしろそいつに感謝したいと思うようになった。


 比類なき力を持った彼はやりたいことを全てやった。


 侵攻した人間の都市や村を焼き、子供を殺し、女を犯し、最後に男を殺した。


 昔の魔将軍が捕虜を巨大な石臼を使って1日で1000人を殺したという逸話を聞いて試した。


 他にも人間たちの間で語られている魔王軍の恐怖をすべて再現してみせた。


 そういったことは彼をとても楽しませた。しかし、恐怖と共に彼の名が大陸に広まるにつれ、それが却って人間どもを結束させることとなってしまった。


 それまで争い合っていた国々も、魔王を前にして結束して行動するようになってしまったのだ。


 それに対して魔族側は一枚岩というわけではない。


 今は岸田光人の圧倒的な力を前にしてまとまってはいるが、それは全ての魔族というわけではないし、もし岸田が弱さを見せれば簡単に瓦解してしまう類の結束であった。


 それ以降、岸田は慎重かつ繊細に戦略を練って行動するようになる。海路を監視させていたのは、サマワール帝国とボルヤーグ連合王国間の物資補給を断つための仕掛けのひとつだった。


 だがその仕掛けに予想以上に大物が掛った。まさか帝国海軍の軍艦がこの世界に来ているとは、彼は全く予想していなかった。


 当初は軍艦を鹵獲して魔族軍の戦力にするつもりだったのだが、その前に彼は自分に与えられているというスキルを試してみたくなった。


 星の智慧派が名付けたそのスキルは【星の眷属召喚】。


 身体の一部を捧げることで妖異と呼ばれる神を召喚し、これを使役することができる能力だ。


 彼は右目を捧げて八つの頭を持つ妖異獣ヒュドラを召喚する。身体を捧げるといっても勇者の身体が損なわれる訳ではない。眷属と共有するのである。


 妖異獣が軍艦に近づいたとき、彼の右目には船だけでなくその中にいる沢山の命が見えていた。


 美味そうな命たちだ。


 妖異獣の意志が伝わってきた。岸田にはカニバリズムの趣味はなかったが、妖異獣が食べるというのなら食べさせてみても良いかもしれないと思った。


 直接、人を食うのは勘弁だが、右目を通して妖異獣が食べる感覚を疑似体験してみるのも悪くないと考えた。


 軍艦から魚雷が発射されたが、彼は妖異獣の精神支配を使用し、海魔族をデコイにして回避した。


 その後、再び発射された魚雷が妖異獣の足元に潜り込もうとしてきたので、これもデコイを使って爆破する。その凄まじい衝撃で妖異獣の身体が浮き上がり、巨大な上半身を海上に出した。


 足元の魚雷が罠であったことに気が付いた岸田は、軍艦からの攻撃を回避させるために妖異獣に前方の攻撃に備えさせた。


 途端、妖異獣の頭上に何かが落ちて来て――


「ぐあぁぁぁぁぁっ!」


 岸田光人の右目が失われた。 


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