第67話 セクハラ男と女王様

「艦長……あのセクハラ男を営倉に監禁してください」


 平野副長が真剣な表情で私に直訴してきた。


「いや、あの、一応、客人扱いというか……客人だしな」


 平野が営倉に入れろと言っているのはマーカス・ロイドのことだ。


 まぁ、本当に必要であれば営倉にも放り込むことにためらいはないが、そうでない限り大事な客人なのだ。下手な扱いをしてタヌァカ氏と敵対してしまうようなことは避けたい。


「しかし、あのロイド……男爵でしたか。四六時中、私に……つ、付きまとってくるのです」


 珍しくクール平野が言い淀む。なるほどマーカスは平野が苦手なタイプか。あとそう言えばマーカスは新大陸では男爵だとか言ってたな。金を積んで買った爵位らしいけど。


「まぁモテモテなのは良いことじゃないか。お前にもそろそろイイ男が見つからないかって気になってたところだよ」


「艦長、それセクハラですよ。それに人目も憚らず……んです」

 

 平野の声が途中から小さくなる。


「悪い聞き取れなかった。人目も憚らず、なんだって?」


「口説いてくるんです!」


「男の俺にはわからんがそれって良いことじゃないのか? ……いや今は男じゃなくて幼女だけど!」


「よくありません!」


 平野の大声に、艦橋にいる全員が何事かと私たちの方を見る。私は平野を隅に引っ張って小声で話した。


「女性から見た好みがどうなのか知らんが、マーカスって結構イケてる方じゃないのか? ハリウッド映画の俳優に似たような奴いるだろ? それに男爵だよ? それなりに地位もあるし、おそらく超が付くお金持ちだぞ? あんまり無下にしない方がいいんじゃないか?」


「嫌です! 確かに見た目が悪いというわけではありませんが、あいつは絶対浮気するタイプです。そんなマコト臭がプンプンするんですよ! それだけで他の全てが良くても『死ね!』としか思えません」


「お、おう……」


 平野の様子から心底嫌がっているのだということが分かった。


「艦長が何とかしてくれないのでしたら……」


「したら?」


「かな~しみの~♪ むこ~うへと~♪ るるる~るるるる~る~♪」


「わかった! 私に任せろ」


 私はマーカスを艦長室に呼んで説得することにした。正直、どう説得すれば良いのか分からなかったので、平野が夫の浮気で離婚して今でもそのことで傷ついていることまで話してしまった。


「そういうことなら、わかったよ。ユキナの気持ちが一番大切だからな」


「は、はぁ。では、そういうことで……」


 マーカスはあっさりと話を聞いてくれた。というか平野を名前で呼んでたのかよ。


 その翌日。


「艦長……あのセクハラ男を営倉に監禁してください」


「えっ? まだマーカスはお前に付きまとってくるのか?」


「いえ。今日は東雲機関長です。明らかに任務の邪魔になってます」


 なるほどそう来たかぁ。マーカス、お前はイタリア系異世界人だったのか。いや異世界人は私たちの方か。


「もうさ……お前の見下しスキルで言うこと聞かせればいいんじゃね?」


 平野は両腕で自分の身体を抱きしめて震えながら拒否した。


「無理です! ああいうの生理的に無理!」

 

 そう言って氷の女王が本気で震える様子を見て、却って私は「ここまで嫌うなんて逆に脈ありなのでは」と思ってしまった。だが平野の怒りに触れるのが怖いので口には出さない。


 その後の昼食時、士官用の食堂で昼食をとっていると、マーカスが田中未希航海長(32歳独身)を口説いている場面に出くわした。


 このままマーカスを船に置いておくと、そのうち血の惨劇が繰り広げられるような……そんな予感がして、私は思わず身を震わせる。


 その日以降、艦の船速を一段階上げたのは、決してこのことが原因ではない……と思う。思いたい。


 ちなみに、ヴィルフォランドールも沢山の女性乗組員クルーに声をかけまくっていたが、女性からのクレームは上がってこなかった。


 それどころか、艦内を歩くヴィルフォランドールを捕まえては、そのケモミミと尻尾をモフモフする女性乗組員クルーを何度も見かけた。


 もしマーカスにケモミミと尻尾があったら、平野にここまで嫌われることはなかったのだろうか。


 というか、もしかして私にケモミミと尻尾付けたら無敵じゃね? とか考えているうちに護衛艦フワデラは新大陸に到達する。


 私が艦橋の椅子に幼女立ちしながら、遥か遠くにうっすら見える新大陸の稜線を眺めていると、平野がやってきた。


「艦長……あのセクハラ男を営倉に監禁してください」


「あと一日、あと一日でリーコス村に着くから、お願いだから、我慢して!」


 あの男がどんな奴だとしても、あの男の双肩に幼女化解除の成否が掛かってる……かもしれないの! ちょっとくらいのセクハラが何なのさ! と言いそうになったのをぐっと堪えて呑み込む。


「むぅ。あの男が幼女化を解くための重要人物であることはわかっていますが……むぅ」


 平野は納得がいかないようだった。


「では、フワーデにマーカスが女性を口説いている姿を録画させることにしよう。それでもし彼が裁かれる時がきたら、それを証拠映像として提出する。その辺で妥協できないか?」


「むぅ……仕方ありませんね。それで納得することにします。むぅ」


 この日から翌日にかけてフワーデが撮影したマーカスの口説き現場映像が、後に凄まじい騒動を引き起こすことになるとは、この時の私と平野は予想だにしていなかった。


 そして翌日――


 護衛艦フワデラはリーコス村沖に到着する。

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