第63話 マーカスとヴィルフォランドール

「おっちゃん早く! 姉ちゃんの匂いがするんだよ! あっ、ほらあそこに居る!」


「わかった! わかったから! 引っ張るな!」


 私たちが食事を終えて歓談していると、レストランの入り口で騒ぐ中年の男とケモミミの青年の声が聞こえた。視線を向けるとケモミミ青年が私たちの方に手を振りながら近づいてくる。


「姉ちゃん! ミーナちゃん! いらっしゃい! 俺たちにお客さんが来てるって聞いたけど、その人たち?」


 ミーナと白狼族の女性が立ち上がって二人の方へ駆け寄って行く。私たちも席を立って、その後を追った。


「そうですわ。 お二人に会うために、わざわざ新大陸からお越しになられたそうですのよ」


「「新大陸!?」」


 中年男とケモミミ青年が目を丸くして驚く。


 こうして、私たちはマーカス・ロイド及びヴィルフォランドールとの接触に成功した。




~ 翌日 ~


 ホテルの最上階層にあるサラディナ商会。その執務室で、私はマーカスとヴィルフォランドールに来訪の目的について話をしていた。


 入り口で待機している青峰と相模以外は、町の観光を楽しんでいる。


 私から一通りの事情を聞いたマーカスとヴィルフォランドールは、現在タヌァカ氏が危急の状況にあることを知り、早急に大陸へ戻ることを希望した。


 マーカス・ロイドはハリウッド映画に出てきそうなマッチョな中年男。無精ひげがやけにカッコいいタイプのおっさんだ。


 ミーナの前ではヘラヘラしたダメ叔父にしか見えなかったが、私たちだけの会話のときには歴戦の勇者の風格を醸し出していた。


「可能な限り新大陸へ早く帰りたいが。今この大陸じゃそこら中で戦争が始まっててな、大陸へ渡る大船団はまったく動きやがらねぇ」


「いくらお金を積んでも、船を出してくれないんだよ!」


 ヴィルフォランドールは、見た目そのまま白狼族の青年だ。


 その毛並みと整った顔立ちは、昨日ミーナ嬢と一緒にいた白狼族の女性を何となく想起させる。恐らく彼女がヴィルフォランドールが探していた姉なのだろう。


「それでは私たちの船で一緒に新大陸に戻りませんか? お二人をグレイベア村までお送りし、タヌァカ氏の捜索にも協力させていただきます」


 私の申し出を聞いたマーカスはしばらく思案した後、私の目をまっすぐ見つめて口を開く。


「それでシンイチが見つかったら、お前たちの幼女化を解いてもらうように頼めばいいのか? そういう取引ということか?」


「はい。それで間違いありません」


 マーカスがヴィルフォランドールに目を向ける。白狼族の青年が頷き返すのを見て、マーカスはパンと両手を目の前で叩く。


「よし乗った! 取引成立だ!」


 そう言って彼が差し出した手を、私は力強く握り返した。


「やった! 兄ちゃんのところに帰れるね!」


「そうだな! 早く帰るとしよう。で、艦長さん、出発はいつだ?」


「いつでも」


「いつでも?」


「今すぐにでも。というかできれば今すぐが希望です」


「マジなのか?」


「マジです」


 マーカスが私の目をジッと睨みつける。私も彼の目をそのまま見返し続けた。


 それから数秒……いや数分だったかもしれない後、


「わかった! ヴィル、今すぐ出発だ! サラディナを呼んでこい! あとミーナとお前の姉貴もだ。急げ! 1時間後にはお別れだぞ」


「えっ!? わ、わわわわかった!」


 白狼族の青年が大慌てで出て行った。それから十分後、サラディナと名乗る大人の魅力に溢れた熟女と、ミーナ嬢、白狼族の女性が執務室に集まってきた。


 マーカスは三人に事情を説明した後、彼女たちに告げた。


「というわけで俺たちはタカツの船で新大陸に帰る」


「そんな! いきなり現れた人たちの言うことを信じるのですか?」


 古大陸の海上交易の一角を預かる新規気鋭の「サラディナ商会」。そのトップに立っている、大人の魅力に溢れた熟女サラディナがマーカスの手を取って訴える。


「信じるさ! ガラムやミーナの親父が保証人だし、新大陸にいる俺の部下が認めた連中でもある。というかそもそも俺たちは『いきなり』お前のことを信じただろう? そしてそれは間違っていなかった。だろ?」


「うぅ……それを言われると」


 柔らかな生地で編み込まれたドレスが、大人の魅力溢れる熟女の肢体を浮きだたせる。まだ二十代と言われても通じる艶やかな肌と我がままボディに私の目は釘付けになっていた。


「艦長……インカムから送られてくる映像が先ほどからR18になっていますが、奥様に報告しますか?」


「しないで」


 私は思わず土下座しそうになるのを何とか堪えて、小声で平野に伝えた。


「マーカス叔父様! 行ってしまいますの?」


「あぁ、俺の家族で大恩人の男が困ってるんだ。行かなきゃならん」


「そう……ですの……」


 今にも泣き出しそうなミーナの隣では、白狼族の女性とヴィルフォランドールが手を取り合っていた。


「そういう訳なんだ。姉ちゃん、俺行かなきゃ……」


「ランドール、貴方の大切な人を助けに行くのでしょう? ならすぐに行きなさい! 私は大丈夫。大丈夫だってわかったでしょ?」


「うん」


「行きなさい! 今度は私が貴方に会いに行くから……ね?」


 私まで泣きそうになる空気に包まれる中、マーカスがまた手を叩いて一同の視線を集める。


「では俺たちは行く! サラディナ! お前に任せている全ての財産を今ここでミーナに譲渡する!」


「「はぁ!?」」


 ミーナと大人の熟女な魅力に溢れるサラディナが驚きでポカンと口を開く。


「姉ちゃん、俺も行くぜ! サラディナさん! 俺も全ての財産を今ここで姉ちゃん、ヴィルフェリーシアに譲渡するよ!」


「えっ!?」


 白狼族の女性ヴィルフェリーシアが同じく口を開いて驚いていた。


「よし、証文書くから持ってこい!今すぐだ!」


 そうしてサラディナが持ってきた魔法紙に譲渡契約の内容を記し、そこにマーカスとミーナがサインをする。


「これで全財産はミーナのものだ! ここにキースがいたらアイツにやったのにな。でもまぁ、三人兄弟で仲良く使うんだぞ」


「叔父様……」


 ヴィルフォランドールも契約のサインをする。彼の姉がサインする番になったとき、


「姉ちゃん、ペンを握って! 俺が手を動かすから、そのままね」


 と言って、姉の手を取ってサインを手伝っていた。

 その様子を見て私は……


「えっ? お姉さんって、もしかして目が見えないの?」


「はい」


「あぁ、姉ちゃんは目が見えてねぇんだ。本当は、姉ちゃんが見えるようになるのを手伝いたかったんだけど……」


「ランドール! 私は大丈夫だと言いました」


「う、うん。そうだった。とにかくこれで俺の財産は姉ちゃんのものだよ。キースの兄ちゃんとの結婚祝いだ。結婚式には出れそうにないけど」


「ランドール……ありがとう」


 この場でどんなドラマが展開されているのか、部外者の私にはさっぱりわからなかったが、とりあえずこれで出発のための準備は整ったようだ。


「それでは、今から出発しますがよろしいですか?」


 マーカスとヴィルフォランドールは私に向って力強く頷いた。


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