第62話 イタリア風窯焼きピッツァ

 父からの手紙とガラム先生の話を聞いて、事情を理解したミーナ・ロイド嬢は、私たちをマーカスたちの処に案内してくれると言う。


「では皆さん、わたくしに付いていらして! それほど遠くありませんので、歩いて行けましてよ!」


 ミーナ嬢は、その容姿やドレスの着こなしから、深窓のご令嬢のようにも見えるが、その中身は活発な少女のようだった。


「さぁシーア! この方たちを叔父様と弟くんのところへ案内するわよ!」


 そう言うと、ミーナ嬢は銀髪巨乳の白狼族女性の腕を取って歩き始める。その後を私たちはゾロゾロと付いていった。


 そして歩くこと20分……結構、距離あるな。


 私たちは、夜中でも明るい中央通りの一角にある大きな宿――いや五階まであるぞ、これはもうホテルだな――に到着した。


 看板には大きな文字で「サラディナ商会」と記されていた。


 建物の大きさに、私たちがポカンと口を開けて立ち止まっていると、入り口に立っているドアマンらしき男がミーナの姿を見て近づいてきた。


「これはミーナ様、ようこそお越しくださいました。本日はお泊りになられますか?」


「いいえ。こちらの方々が、叔父様にお会いしたいということでしたので、ご案内したのですわ。身元については、私の父と、こちらのガラム先生が保証いたしましてよ」


 ミーナの話を聞いたドアマンが、残念そうな表情になる。


「ミーナ様、あいにくお二人とも今……」


 ドアマンの言葉を聞いたミーナが、呆れたような顔でため息を吐いた。


「はぁ……どうせ飲み歩きに出ていて、今はいらっしゃらないのでしょう? レストランで食事をしながら待たせていただきますわ。もしそれでも遅くなるようでしたらシーアと……ガラム先生?」


 ミーナに視線を向けられたガラムが頷く。


「わかった。ヴィルフェリーシアと一緒に二人を探しに行こう」


 というわけで、私たちはホテル1階にあるレストラン「シーク&ノーラ」で食事をしながらマーカス達の帰りを待つことにした。




~ 天ぷら定食だと!? ~


 レストランに入ってテーブルに着くと、黒いスーツ姿の男性とメイド服の女性が、私たちのところに慌てて駆け寄ってきた。二人はミーナへ挨拶した後、喜び一杯な顔でガラムと近況を語り合っていた。


 いつまでも話に夢中になっているのを見かねたミーナが、わざと咳払いをして注意をひく。


「コホン! シーク師匠、とりあえずこちらのお客様にお食事を! わたくしも少々お腹が空いてまいりましたわ!」


「あっ、いや済まない! そうだったね。皆さま失礼いたしました。それでは、王都随一と自負しております、当レストランの料理をお楽しみください」


 そう言って黒いスーツの男が指を鳴らすと、メイド服のウェイトレスがワラワラと湧いてきて、全員にメニューを手渡す。


「お気遣いありがとうございます、ミーナさん。それにしても王国随一というのは……」


 私が黒スーツに話しかけようとしたとき、青峰と相模が「あっ!」と大きな声を上げた。


 フロアの中央では、カルテットがこの異世界独特のものらしき弦楽器を奏でる中、誰もが静かに食事を楽しんでいた。二人の声に一瞬、フロア中の視線が集まる。


「おい! 静かにせんか!」


「「す、すみません」」


 私が小声で叱責すると、二人は身体を小さくして畏まる。


「で、でも艦長! このメニュー見てくださいよ! まるで……」


 そう言いながら、二人がメニューを指さすその先に……


 天ぷら定食

 すきやき定食 

 イタリア風窯焼きピッツァ

 ウ・ナーギ風シーサーペントの蒲焼


「イタリア風ピッツァってなんだよ! ピッツァはイタリアだろうが!」


「いや、そこじゃないです! ツッコむとこそこじゃないですよ!」


「いやいやいや相模、お前は何も分かってない。ドミナスピザと本格イタリアンピザを混同して、知らないうちにイタリア人に喧嘩を売る手合いか? お前あれか?給料日に回ってない江戸前寿司に行って、そこでカリフォルニアボルケーノ巻とかマンゴー握りとか出されて、ヘラヘラ笑ってられるか? 私なら店に艦砲射撃するが!?」


「なんで変なスイッチ入っちゃってるんですか! よく見てくださいよ! 天ぷら定食ですよ!?」


「変なスイッチっておま……」


 何もわかっていない相模に、私はよく分からせてやろうと思考を巡らせていた。同時に、頭の中に何か引っ掛かるものを感じる。


「へっ? 天ぷら? 定食?」


「ですです! ほらっ! よく見てくださいって!」


「こ、これは……帝国料理じゃないか?」


「いえ、艦長、ピッツァはイタリア料理じゃないでしょうか?」


「おっ、そうだな……ってそういうことじゃない。話を混ぜ返すな!」


「艦長が、こだわったんじゃないですか!」


 とりあえず漫才を止めて、私と青峰と相模は、それぞれ別の料理を頼むことにした。ミライにも無理を言ってイタリア風ピッツァを注文してもらった。


 そうして出て来たものは、帝国や護衛艦フワデラで食べているのと、ほとんど同じ料理だった。


 青峰が、アオ・ジールという苦みのあるドリンクを飲んで「マズイ!」と顔をしかめる。


「艦長……このマズさ……間違いなくあの青い汁です」


「そうか、この料理といい、街で見かける違和感といい……帝国の影響を受けているのは間違いないようだな」


 炎王ウルスと呼ばれる前王は、この国の歴史的にも類まれな名君だったらしい。


 彼が帝国の人間であったことは、もう間違いないだろう。


 そう確信したら何故か安心したので、私はウ・ナーギ風シーサーペントの蒲焼を3回お代わりした。幼女腹がぷっくりと膨らんで、しばらく動けなくなってしまったが気にしない。


 もう一回いけるか?


 という私の表情を見た相模がドクターストップを入れたので、4回目は断念せざるを得なかった。






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