第61話 エ・ダジーマ貴族寮
ガラムの説明によると、エ・ダジーマは勇者を支援するための冒険者を養成するための教育機関だということだった。
この国、ボルヤーグ連合王国では勇者の支援を栄誉に値する誇り高い行為と考えられている。
貴族は名声を、商人は評判を、庶民は成りあがる機会を求めて、子息を国内で最高の勇者支援学校エ・ダジーマに入れようとあらゆる手を尽くすそうだ。
この中世的な世界において、身分を問わず教育を施す学校が存在することに私は驚いた。だが、エ・ダジーマに向う馬車の中から眺める王都の様子にも目を見張るものがあった。
それを一言で表現すれば「意外に清潔」ということだ。
街並みはいかにも中世という感じで石組みの建物が並んでいるが、道路や建物の前には側溝があって水も流れていた。
また驚くべきことに、町には一定間隔で同じデザインの白い石壁の小屋がある。これについてガラムに聞いたら、なんと公衆トイレだという。
この異世界において私たちが比較できるのは港湾都市ローエンだが、あちらの方が我々の知る中世のリアルに近かった。
幸い二階から桶に溜めたアレを放り投げる習慣はなかったようだが、メイン通りで女性が道端で花摘みしてるのを何度か目撃したからな。
「とても清潔な都市なんだな」
「俺の知る限り大陸で一番キレイだな。先代王が上下水道を整備し、王都中に公衆トイレを設置した。そのおかげで、これだけ人や建物が密集している都市であるにも関わらず、疫病が発生したことはほぼない」
「凄い王様だったんだな」
「あぁ、戦に強かっただけではなく、エ・ダジーマを作り、街道を王国中に敷き、奴隷の待遇を改善までした。偉大な王だった」
そう言えば、通りを歩く人々の中に奴隷らしき姿が見えない。ローエンでは外にいる人間の半分は奴隷だった。そのことをガラムに聞いてみる。
「奴隷が見当たらないようだが」
「いや歩いているぞ、首に
言われてみれば、確かにチョーク《首輪》を付けている人が結構いる。明らかに高貴な身分や金持ちらしい人を除くと、パッと見ても判断しにくい。
「奴隷っていうと服なんて布一枚で、もっとこう汚れているというか……」
「タカツ殿の戸惑いは分かるぞ。確かに王都の奴隷は他のどこの奴隷とも違うからな。王都以外の奴隷はタカツ殿が想像の通りで間違いない」
やはりそうなのか。ここだけが特別なんだな。
「それまで酷かった奴隷の扱いに憤ったウルス王が『シンゲン宣言』を掲げて待遇改善を布告したんだよ」
「本当に先見の明を持った王様だったんだな」
「あぁ、今じゃ子供でもシンゲン宣言を諳んじることができるほどだ」
「あっ! 私も言えますよ、シンゲン宣言!」
ミライがハイハイッと私に向って手を上げる。仕方ないな。それじゃぁミライちゃん、どうぞ!と私は彼女に頷いた。
「奴隷は城、奴隷は石垣、奴隷は堀、情けは味方、仇は敵なり!」
「「「シンゲンじゃねーか!」」」
私と青峰・相模が同時にツッコミを入れる。
シンゲン宣言は思っていた以上に武田信玄だった。
というか前王はもう転生者確定だろ!
しかも帝国の人間だ。間違いない!
~ エ・ダジーマ前 ~
「お師匠様、お久しぶりです。このようなお時間にお越しになられるとは、どのような急用があってのことでしょうか?」
エ・ダジーマにある貴族寮入り口で待っていたのは銀髪のケモミミの女性だった。もしかしたら白狼族かもしれない。
「すまんなヴィルフェリーシア。問題があったわけではないんだが、急ぎミーナに取り次いで貰えないだろうか? 父親からの手紙も預かっている」
「畏まりました。少々お待ちください」
銀髪の女性は一礼すると貴族寮の中に入って行った。ペコリと頭が下がった瞬間、私はその胸の大きさから、彼女が白狼族であることを確信する。というか名前がまんま白狼族系だ。
「ガラムせんせー----------!」
しばらくすると、貴族寮からドタバタする音が聞こえて来た。かと思うと、金髪碧眼の小柄な少女が飛び出してきた。
ガラムの懐に勢いよくジャンプしたとき、美しく長い金髪と、金糸で装飾された青いドレスのスカートがふわりと広がった。
「ミーナ! すっかり美しい淑女になったじゃないか! だがドレスで走るのは危ないし、レディの振る舞いとしてはどうなんだ?」
「エ・ダジーマは冒険者を育成するところですのよ! これくらい機敏に動けなくては、とても勇者様のお手伝いなんてできませんわ! それで先生、後ろの方々は?」
巨乳の白狼族といい、不思議の国のアリスっぽい少女といい、あとミライといい、どうしてこの白髪のおっさんだけがモテモテなのか!
私だって可愛い幼女なのだから、モテモテになって良いはずなのに!
……と不貞腐れていた私に、ミーナと呼ばれた少女がニコッっと笑顔を向けてくれた。
超カワイイ! ミーナちゃん、マジ天使!
「はじめましてミーナさん! 私、タカツと申します! こちらの世界では独身です! よろしくお願いします!」
私は頭を90度下げて、ミーナ嬢に右手を差し出した。
「私はミーナ・ロイドです。こちらこそよろしくね、可愛いお嬢さん!」
白くて柔らかいミーナの手に触れて、私の魂は天国へ急上昇した。
「……録音しました。奥様に提出させていただきますね」
インカムから、平野の絶対零度ボイスが聞こえて来た。
私の魂は、地獄の底を突き抜けて行った。
やばい。
夫の浮気が原因で離婚した平野は、この手の冗談は絶対許さぬ殺すウーマンなのだ。
私は帝国にちょっとだけ帰りたくなくなった。
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