第98話 不破寺神社
司令部(村長宅)の屋上には、不破寺神社のお社が設けられている。
「一同、艦長さんに合わせて、二礼二拍手の後、もう一度頭をお下げくださいですん」
不破寺さんが、久々に本業である神職の務めを果たしていた。
パンッ! パンッ!
私が柏手を打つのに合わせて、出席者全員が手を打ち鳴らし、社に向って深く頭を下げる。
王女や使節団一行も、ややアワアワしながらも所作を合わせていた。
今回のように聖主教徒が異教の神の儀礼に参加することは珍しくないそうだ。
全ての神の頂点に座しているのが女神ラーナリアであるという教義なので、ラーナリア聖主教においては他の神々への信仰についてはとても寛容なのだとか。
その寛容さがどうして亜人や獣人には向けられないのか本当に謎ではある。
「それでは合意文書にサインを……」
神事が終了すると私とドルネア公がテーブルにつき、それぞれの母国語で記述された同盟議定書にサインを行なった。
議定書の内容は、
1.アシハブア王国は護衛艦フワデラを帝国の代表使節であると認める。
2.護衛艦フワデラは人類同盟軍の一員として、悪魔勇者を排除する戦争(以下、本戦争と記す)に参加する。本国である帝国から正式に参加が拒否された場合は直ちにアシハブア王国へ通達し、双方にとって不利益とならない手順を踏むものとする。
3.アシハブア王国は護衛艦フワデラが人類同盟軍の勝利に貢献するために行う国内での活動を支援する。護衛艦フワデラは、その活動において王国に不利益をもたらす恐れがある場合は事前に王国の許可を得るものとする。
4.本戦争中、現マーカス子爵領及びタヌァカ騎士爵とその管理する土地については納税を除く王国への義務はこれを免除する。両爵は護衛艦フワデラを支援して王国から敵勢力を排除することに尽力する。
というものだった。
要するに「王国は護衛艦フワデラの国内での活動を許し、支援もするから敵を排除しろ。ただ支援って言っても金を出すのは王国じゃなくて、マーカスとタヌァカ氏の方でよろしくね」ということである。
結局、この四か条をまとめるために要した時間は貫徹込みの一週間。その間、リーコス村司令部は24時間体制で稼働し続け、常に部屋のどこかで
議定書へのサインが終わって、慰労会へとフェーズが移ったときには、王国使節団はもちろん、護衛艦フワデラの乗組員、リーコス村の住人、グレイベア村の住人たちは、それぞれが自分たちのやつれ顔を笑いながら、お互いに労いの言葉を掛け合った。
慰労会の宴席は司令部の一階フロアを丸ごと利用。レストランやカフェの外にもテーブルを並べて大きな宴席会場を作っている。
一通りの祝辞が終わって皆が飲み食いを始め、あちこちで誰かが笑ったり涙を流したりしている。その様子を私は感無量の想いで眺めていた。
平野副長が私のコップに冷たいコーラを注ぐ。
「艦長、お疲れ様でした。議定書の内容はともかく、うまくいきましたね」
「あぁ、まさかこんなことになるとは思わなかった」
こんなこととは……例えば、あちらの一角。
ヴィルミアーシェさんがドルネア公の元にワインボトルを持って近づいて行く。
「さぁ、ドルネア公爵閣下、リーコス村産のワインをお試しくださいな」
「おぉ、この豊潤な香りと味わい。しかもこれほど美しい村長殿に注がれては、美味さも格別だわい」
「あら、御上手ですこと」
「ワハハハ」
一週間前では想像すらできない光景がそこで繰り広げられていた。
例えばあちらの一角、ヴィルミカーラを口説こうと数人の護衛騎士が彼女を取り囲んでいる。
黒毛の白狼族というのが珍しいというのがあるのかもしれないが、黙っていればヴィルミカーラはかなりの美女である。まぁ、黙っていれば盛りのついた男どもが放っておけないのも仕方あるまい。
「おぉ、艶やかな黒髪の乙女よ、ぜひ貴女を我が妻に迎えたい……」
「ヴィルミカーラ殿、その美しい瞳に私の心は既に囚われております」
「けもみみ最高、もふもふ至高」
何か聞こえたがそれは置いておこう。
「わ、わたしは、ち、ちいさい子にしか、きょ、興味ない。あ、あっち行って」
ヴィルミカーラ……黙っていればただの美人なのだ。美人なのにな。
もうひとつ事例を紹介しておかなければなるまい。そしてこれがその最大の吃驚仰天な場面である。
その場面とは、私を怒らせることに定評のある若者1の現状だ。
「と、トルネラさんは、こ、恋人がいたりしたりなんかするすのでしょうか?」
あの高慢な若者が顔を真っ赤に染めてラミア族のトルネアを口説いていた。
「恋人はいませんが、私はライラ様に心を捧げておりますわ」
「ライラ殿ですか……」
「この方ですわ」
そう言ってトルネアは、タヌァカ氏にくっついている幼女を引き剝がして、自分の胸元に引き寄せる。
「むぅー。むぅー」
口に大きなアメリカンドッグを咥えたライラさんが、抗議の唸り声を上げてジタバタする。可愛いな! 私も今度、アレを平野にやってみよう。
「そ、そうですか」
トルネラの想い人がライラさんと知って、若者1がほっと安堵のため息をついた。
これと似たような場面が、あちらこちらで繰り広げられている。もちろん白狼族の男性も王国の侍女に迫られている。
ヴィルフォアッシュの周りには結婚願望を隠そうともしない侍女たちが押し寄せていた。そのうち一人だけは名前がわかる。確かサリナとかいう王女付きの侍女だ。
このような状況になったのは、一週間にも及ぶ過酷な共同作業があってのことだ。
だが、それ以上に、ここまで男女の恋愛発情空間が誕生したのには訳がある。
私はタヌァカ氏の元に赴いて、彼のグラスに帝国産の超高級ワインを注ぐ。
「いやぁ、それにしてもタヌァカ式人外脳作成カリキュラムは、大したものだね。これを普及させれば人族と魔族の争いを無くすことができるんじゃない?」
「そうできたら良いのですが、用途限定の特効薬みたいなもので、誰にでも通用するというものでもないのです」
そう言って照れくさそうに頭を掻くタヌァカ氏に、私は最大の賛辞を贈った。
タヌァカ式人外脳作成カリキュラム。
それは、魔族狩り目的でグレイベア村に近づいてくる冒険者を洗脳……げふんげふん、再教育するために生み出された教育プログラムだ。
何時間もぶっ通しで人外物のエロ同人誌を音読し、最終的にはエロ同人誌若しくはエロフィギュアを自作するという過酷なカリキュラムである。
ちなみに女性版カリキュラムについては、トルネラとヴィルミカーラが担当している。
議定書についての会議が始まった当初、一番、やっかいなのが亜人や獣人に対する偏見だった。
同じ席にさえ着くことを拒否しぎゃあぎゃぁ喚く者は、全て地下室に放り込んでタヌァカ式人外脳作成カリキュラムを受けさせたのだ。
カリキュラムの全過程を終えた彼らが地下から戻って以降、会議がとんとん拍子に進んだことは歴史の教科書に記しておきたいくらいだ。
「けもみみ最高、もふもふ至高、ケモミミハスハス」
先ほどから鼻息を荒くしてヴィルミカーラに纏わりついている護衛騎士は、この教育の犠牲者……げふんげふん、まさに成果と言えるだろう。
大丈夫かな。
ちょっと不安を覚える私であった。
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