第97話 マウント合戦(帝国 vs 王国)

 平野の失態により、形勢は一気に王国側に傾いた。


 リーコス村司令部(村長宅)のレストランでは、ドルネア公たちがニヤニヤと笑っている。外交官として抑制は働かせていても、その表情から「やはり蛮人どもは礼節など知らぬのだな」とでも思っているのが読み取れる。


 くっ!


 ついさっきも、たかがガラス張りの自動ドアを見て狼狽していたくせに!

 

 そもそも私の目的は、亜人への偏見に捉われた彼らを揶揄からかうことだった気もするが、いつの間にか帝国と王国のマウント合戦に発展していた。


 物質的には帝国の文明が王国を圧倒しているのは揺るぎようのない事実。だが文化においては、そう簡単に決着はつかない。


 精神性についての優劣は、文明が進んでいるから優れているというわけでもないからだ。正直、言ったもん勝ちだ。それは認めよう。


 そもそも文化の優劣という比較自体が頭の悪いナンセンスな話である。それも認める。


 だが、彼らの偏見を叩き折るためには、我々の方が文化的にも圧倒的に優れていると認めさせねばならない!


 というか、我らが帝国の文化が、アシハブア王国などという人間至上主義に凝り固まった、妖異に押されまくりの弱小国家などに劣るわけがないのだ!


 差別?


 これは差別ではない私の信念である!


 ……などと、私と似たようなことを使節団の連中も考えているのだろう。


「「こんな蛮族どもに我らの威信が折れてなるものか!」」


 グギギギ!


 という音が聞こえるかのように、私とドルネア公の視線が交差して火花を飛ばしていた。

 

 グギギギ!と若者1・若者2・中年3も視線でドルネア公を応援する。


 同じような感じで、私の後ろではヴィルミカーラとヴィルミアッシュが視線で火花を飛ばしていた。


 ちなみに、さっき私に食事禁止命令を出された平野は、テーブルに並ぶお菓子をガン見している。


 ヴィルミアーシェさんとスプリングス氏は、この会談がご破算になってしまうのではとハラハラした様子で見守っていた。


 ドルネア公と私が火花を散らす中、レストランのドアが開かれて、


「カトルーシャ王女がいらっしゃいました!」


 と受付嬢が声を張り上げて王女の到着を告げる。


 その直後、美しく豊かな金髪を湛えた王女が姿を現した。


「叔父様! お久しぶ……」


 カトルーシャ王女はドルネア公の姿を見つけると、叔父との再会に笑顔を浮かべて駆け寄ろうと……して急にその足を止める。


 ドルネア公と私(注:幼女)が額をぶつける勢いで威勢を張りあっている姿を見て、王女は誰もが感じるであろう疑問を口にした。


「いったい何をしていらっしゃるの?」


「お、王女殿下!?」


 使節団の若者1が大きな声を上げたことで、ドルネア公と私はようやく王女の到着に気が付いたのだった。




~ 戦いの結末 ~


「低レベルな争いは同じレベルの者同士の間でしか起こりません」


 色々と現場が混乱している合間を縫って、いつの間にかテーブルにあった私の茶菓子まで食べ終えていた平野副長がひそひそ声でクールに宣う。


「(ひそひそ)使節団の差別的な態度に対しては、率直に指摘すれば良かったのでは? 仮にも相手は外交官なのですから、内心はどうあれここでの振る舞いを正すことはできたのではないですか。それが猿みたいにマウント合戦に走るなんて、傍から見てて恥ずかしかったです」


 平野がやたら饒舌に文句を言ってくるのは、間違いなくカフェでの食事を邪魔した腹いせからだろう。


「(ひそひそ)ちょっ、お前もその場にいただろうが!」


「私が指摘する前に艦長が暴走したのですが?」


「そ、そうだっけ?」


「艦長に制止されました」


「んーっ? そうだったかな。うーん」


 私は脳にブドウ糖を大量投入して回想する。


「あっ!? あの時か!? お前、あいつらに注意しようとしてたの?」


 思い返してみれば、平野が使節団に向って進み出ようとするのを確かに私は制止していた。


 その後に、自分がやらかしてきた様々なマウンティング活動を思い出し、私は急に恥ずかしくなってきた。なんちゅう大人気ないことをやってしまったのか。


 だだだだ、だが! 帝国の威信! そう! 帝国の威信を奴らには何としても知らしめてやらねばならぬ! ならぬのです!


 そんな私の心を見透かした平野の冷たい視線が突き刺さる。


「艦長がそんな見栄を張らずとも、帝国の威信が揺らぐことは一切ありません。むしろ王国相手にマウンティングに走る姿を見せる方が、同じ帝国の者として見苦しくて恥ずかしいのですが」


「おっふ」


 私は床に両手両膝をついてうなだれた。


 王女とドルネア公たちの方は再会の挨拶を一通り終えたところのようだった。


「あら、艦長様? いくら床が綺麗にお掃除されているからといっても、直接手をつけるのはさすがに汚くてよ」


「か、艦長? それ……そのお嬢様が?」


 若者1が口をあんぐりと開いて私を指差す。そう言えばまだ艦長と名乗ってはいなかったか。いや、それよりなにより、こいつ私のことを『それ』呼ばわりしたぞ。


「この御方が護衛艦フワデラの艦長ですわよ。もしかして、まだご挨拶を済ませてなかったの?」


「い、いえ……まさかこのガ……子供が艦長」


 私は若者1に再度ブチ切れそうになったが、王女の決定的な言葉によってそれは回避された。


「ちょっと、貴方たち……臭うわよ」


 そう言って、王女は使節団に向ってクンクンと鼻を鳴らし、そして顔をしかめた。


「叔父様! 臭いですわ! どぶにでもはまってそのままここにいらしたの?」


「「なっ!?」」


 驚いたドルネア公が一歩王女に近寄ると、王女はさっと四歩後ろへ下がる。


「まずお風呂に入ってらして! まさかこのまま会談を始めようとしていましたの!? 艦長! ここにも湯浴み場はございまして?」


「ええ、男女別の入浴施設があります」


「ではまずそちらへ! 会談はその後ですわ!」


 困惑するドルネア公が再び一歩王女に近寄ると、再び王女がささっと四歩後ろへ下がる。


「叔父様! 近寄らないで! 臭いが移ってしまうじゃありませんの!」


 姪に接近を拒絶されておろおろするドルネア公の姿を見て、私はマウント合戦における勝利を確信した。最新の入浴設備を見たらさらにマウントできることだろう。


 しかし私の心は勝利に酔いしれるどころか、姪から臭い臭いと連発されているドルネア公に深く同情し、彼と共に心の涙を流していた。


 何故なら私も、かつて娘から同じようなことを言われて、深く深く傷ついた経験があるからだ。


 なんだか急にドルネア公に親近感を覚えた私であった。




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