第169話 グレイベア宴席3 Side:コラーシュ子爵

~ コラーシュ子爵の苦悩 ~


 リーコス村に戻ったランドルフ・コラーシュ子爵は、大慌てで王国への手紙をしたためた。


 彼にもスマホが貸与されていたので、それを使って王国に連絡を取ることもできるのだが、内容が重要機密であるだけに、今回は伝書鳩を飛ばすことにした。


 グレイベア村での宴席において、ルカ村長の真意を正しく理解することができたのは、おそらく自分だけだろうという自覚があった。


 あのドラゴンは、シンイチ・タヌァカという青年を担いで自分たちの英雄にしようとしている。


 ドラゴン本人とその眷属である魔族たちの英雄だ。


 タヌァカ氏が、グレイベア村の他にも、コボルト村やミチノエキ村の実質的な長であることは、王国の影を通じて知らされていた。


 さらに彼は、アシハブア王国西方にあるエルフの村や、大陸北方とも深い関係を持っているらしい。


 そして今は、護衛艦フワデラやリーコス村の白狼族と共に戦い、彼らとの絆を深めている。


 それでいて、人や魔物、さらに妖異までも幼女に変えてしまうという、ふざけた魔法を使うことができる。


 その魔法によって悪魔勇者セイジュウを幼女に変えたことが、悪魔勇者討伐における決定打となったのは間違いない。


 タヌァカ氏は、護衛艦フワデラと並ぶ功績を挙げているし、タカツ艦長の言葉を信じる限り、次の悪魔勇者を倒す際の切り札になるかもしれない存在なのだ。


 王国は、そんなタヌァカ氏をアシハブアの英雄として祀り上げようとしている。


 コラーシュ子爵に下されていた密命は、タヌァカ氏を王国に引き込むこと。

 

 王国の英雄タヌァカが誕生した暁には、第三王女を嫁がせても構わないとまで、王はお考えのようだった。


 だがタヌァカ氏には、既にライラという妻がいる。


 二人の睦まじい様子を見る限り、カトルーシャ王女との婚姻がタヌァカ氏にとって、どれほど魅力的なものになるのか。


 あまり期待できそうになかった。


 そこでタヌァカ氏本人ではなく、彼の外堀から埋めて行こうと考え、目を付けたのがステファン・スプリングスだった。


 外堀としては、マーカス子爵もいるにはいるが、彼はそもそもがアシハブア王国の人間ではない。


 ステファン・スプリングスは、アシハブア王国の貴族であり、タヌァカ氏に忠誠を捧げている。


 そして何より、タヌァカ氏から絶大な信頼を得ていることは、コラーシュ子爵自身が、護衛艦フワデラやリーコス村で過ごしている間に確信を得ていた。


 ステファン・スプリングスを味方につければ、タヌァカ氏を取り込むことも容易い。


 それがコラーシュ子爵の結論だった。


 彼の報告を受けた王は、実家から勘当を受けていたステファン・スプリングスに新たな家名と爵位を与えることを即決。


 同時にタヌァカ氏を伯爵に叙爵することも決めた。悪魔勇者討伐の功労者となれば、誰も反対するものはいないはずだ。


 さらには王国を挙げて、ステファン・スプリングスと護衛艦フワデラの田中という女性との結婚式を催そうという話になった。


 そして、その嬉しい報せを届けるのはスプリングス家の四女、アリス・スプリングス。ステファンの妹だ。


 彼女が王都を立ったのは一週間前。


 コラーシュ子爵は、彼女がリーコス村に到着するのを楽しみに待っていた。

 

 グレイベア村の宴席に出席するまでは。


『牛と仲良くなったグレイベアが、自ら牛舎に入ってきたからといって、肉にする牛が増えたと喜ぶバカはおらんよの』


 宴席でのルカ村長の言葉を聞いた時、コラーシュ子爵は思った。


『このドラゴン、めっちゃ喧嘩腰なんですけどぉ!』


 タヌァカ式人外脳作成カリキュラムを受けた自分は、亜人や獣人・魔族に対する偏見が取り払われていたと思っていたが、それは思い違いだった。 

 

 これまでの王国の対応を思い返したコラーシュ子爵は、戦慄に思わず身体を震わせる。


 まずグレイベア村の魔族やリーコス村の白狼族たちの活躍について、王国民は何も知らされていない。


 悪魔勇者討伐作戦において、彼はほとんど護衛艦フワデラで過ごしていたので、おかの最前線については詳しくない。


 だがアシハブア王国の貴族である彼は、戦場で亜人や獣人がどういう待遇を受けるかを知っている。


 もし亜人や獣人が武勲を挙げたとしても、彼らが賞賛を受けることはない。


 栄誉を受け取るのは、彼らを指揮する人間の上官だ。


 なぜなら、それが人類軍の常識だから。


 活躍したのが魔族となれば、もっと酷い扱いになるのは間違いない。


 魔族が妖異を倒すところを、もし人類軍の兵が見ていたとしても、


『あっ、なんか妖異が勝手に死んでる。ラッキー!』


 なんてバカげたことを言い出しかねない。


 今のコラーシュ子爵は『タヌァカ式人外脳作成カリキュラム』を受けているから、これがいかに歪なことなのか理解できる。


 だが、多くの人類軍はそうではないだろう。


 『タヌァカ式人外脳作成カリキュラム』で偏見を取り除かれた今だからこそ、コラーシュ子爵は、ルカ村長の内面にある怒りを感じ、それを理解することができた。


 だが、アシハブア王侯貴族たちの多くはそうではないだろう。


 彼らの畏怖と敬意は、護衛艦フワデラにこそ向けられているが、リーコス村やグレイベア村の非人間族に対しては、スッポリと抜け落ちている。


 ルカ村長が、タヌァカ氏を王国に引き込もうとしている王国の姿勢に、不満を抱いているのは間違いない。


 そもそも一国を相手に戦えるドラゴンが、アシハブア王国の威光など歯牙にもかけるはずがない。散々妖異を倒してきたドラゴンからすれば、人類軍は恩知らずの無礼者ということになるだろう。

 

 それどころか、このドラゴン――


『タヌァカ氏を担いで、魔族の国を作ろうとしているのではないか』


 そんな考えが頭をよぎる。


 一度そう考えてしまうと、コラーシュ子爵はそれを頭から振り払うことができなくなってしまった。


 シンイチ・タヌァカの取り扱いについては、最初から計画を練り直す必要がある。


 ここで間違った対応をして、ドラゴンとの関係が悪化するようなことになれば、一国の問題に収まらず、人類の脅威にさえなりかねない。


 少なくとも非人族への配慮については、慎重に慎重を重ねないと、タヌァカ氏やドラゴンの不興を買うことは間違いない。


 ひいては護衛艦フワデラとも……。


「こ、これはマズイ……」


 コラーシュ子爵の額に汗がにじむ。


 今、ステファン・スプリングスの妹、アリス・スプリングスが王からの伝言を携えてリーコス村に向っているはずだ。


 彼女は筋金入りのラーナリア正教徒。


 つまり……

 

「彼女がそのままリーコス村入りしたら、間違いなくトラブルが起る……」


 コラーシュ子爵自身、初めてリーコス村入りした際、亜人を見下す失言によってトラブルを起こしている。


 その経験が、コラーシュ子爵の脳内に激しい警鐘を鳴らしていた。

 


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