第168話 グレイベア宴席2
グレイベア村の村長宅(兼温泉旅館)での宴席は、一通りの騒ぎと食事を終えて、落ち着いた雰囲気になっていた。
ルカ村長と私の会話に、皆静かに耳を傾けている。
「そう言えばタカツ艦長、別大陸にいるという悪魔勇者を倒すに当たっては、シンイチも連れて行くのじゃろうか?」
「そのつもりです。悪魔勇者セイジュウは、運良く我々の武器で倒すことができましたが、次はそうはいかないかもしれません。我々の武器が通じないとなったとき、シンイチの幼女化は最後の切り札になるでしょう」
そう言ってシンイチの顔を見ると、彼は私の言葉に頷いた。
「じゃろうのぉ。シンイチの力は最後の切り札になるかもしれんからのぉ」
鷹揚に頷くドラゴン幼女が、チラッチラッと私に視線を送ってくるのを見て、艦長、ハッとした!
これは、シンイチをアゲろということか!?
いったいどんな意図があるのかわからんが、そこは同じ幼女のよしみ。
艦長、全力で支援する!
「そうです! シンイチくんは特に妖異との戦いにおいて、多大な成果を上げ続けています。今回、悪魔勇者討伐に成功することができたのは、彼が数多くの妖異を幼女化で屠ってきた土台があってこそ!」
私からの突然のアゲアゲに、シンイチが顔を真っ赤にして否定する。謙遜するところが元帝国人らしい。
だがルカ村長は、シンイチが慌てるのも構わず、私の話にノッてきた。
「じゃろう!? 実際、ドラゴンジャーやフワーデ・フォーでも最後の決め手はシンイチの幼女化じゃしな!」
そしてルカ村長は、突然、カトルーシャ王女に話を振った。
「カトルーシャ王女も、動画でのシンイチの活躍を見たことがあるじゃろ?」
「えっ!? ええ、もちろんですわ! どんな妖異や岩トロルが出て来ても、最後はシンイチが倒してくれるとわかっていますから、安心して観ていられるのですわ」
「そのシンイチじゃが、実はタカツ艦長と同郷でな」
「まぁ、そうでしたの! それで護衛艦フワデラの皆さんたちと、とても仲良しだったのね」
「そうなのじゃ、それでの……」
ルカ村長が沈黙する。
皆の視線がルカ村長に集まった。
「いずれタカツたちが帝国へ戻った後、ここに残る帝国出身者たちを、シンイチが守ると腹を決めてのぉ」
顔き締めるシンイチに向って、カトルーシャ王女が賞賛を贈る。
「同朋を守るという、そのお覚悟に心よりの敬意を捧げますわ! ライラさんがいらっしゃらなければ、わたくしの結婚相手として父上に紹介するところでしたのに!」
「王女殿下! そのような発言を軽々しくするものではありません!」
コラーシュ子爵が王女を嗜めた。
シンイチの膝の上では、ライラが王女に向って両手でバッテンを作っていた。
コホンッ! とルカ村長が咳払いをして、皆の注意を引く。
「タカツたちが帝国に去った後、ここに残される護衛艦ヴィルミアーシェは、このシンイチが譲り受けることになっておる」
「それは凄いですわね!」
無邪気に驚くカトルーシャ王女だったが、その隣では――
ガシャンッ!
コラーシュ子爵が、手にしていたグラスを落としてしまった。
その手を見ると小刻みに震えている。
「カトルーシャ王女。先ほど、ライラがいなければシンイチを結婚相手にと言っておったが、ライラが第一夫人だとすれば、第二夫人は妾じゃ。もしお主がシンイチの元に来るのであれば、第三夫人ということになるの」
「あら、そうでしたのね? 第三王女で第三夫人……わたくしって、つくづく三番に運命づけられているのですわ」
そう言って、カトルーシャ王女は楽しそうに笑っていた。傍から見る限り王女の発言は軽いもので、本気でシンイチの第三夫人になろうと考えているわけではなさそうだ。
その隣では、コラーシュ子爵がガタガタと肩を震わせている。
「どどどど、ドラゴンの夫……ドラゴンの婿!? 悪魔勇者を倒したものと同じ軍船を持った、ドラゴンの婿ぉぉぉ!?」
かつてはヴィルミアーシェさんを獣人呼ばわりして、第一印象が最悪な若者1だった彼だが、今では立派な人外娘萌え男になっている。
そんな彼がここまで怯えている姿に憐みを感じずにはいられなかった。
しかし、ルカ村長は彼を怯えさせて、楽しんでいるのだろうか?
それにしても、考えてみればシンイチって凄いな。
幼女化なんてチートスキルを持っていて、ドラゴンの婿で、やがては護衛艦を所有するのだ。
とはいえ、彼には私たちがこの世界を去った後、リーコス村や田中を守ってもらわなければならない。
古大陸にいる元帝国人の転生者たちの保護も、彼に任せることになるだろう。
そう考えると、ドラゴンの婿で、護衛艦を所有して、チートスキルくらい持っておいてもらわないとな。
なるほどルカ村長の考えが少し見えて来た。
悪魔勇者セイジュウを討伐して以降、アシハブア王国が、私たちとの同盟と深いつながりを喧伝して、人類軍内でのプレゼンスを高めようとしている。
アシハブア王国は、マーカス・ロイド、ステファン・スプリングス、シンイチ・タヌァカ三人を、王国の英雄たちとして大々的に宣伝していた。
アシハブア王国を始めとする人類軍の国々では、護衛艦フワデラとアシハブア王国の三人の話を、吟遊詩人が歌い、絵巻物に描き、演劇にして、人々に伝え始めていた。
だがリーコス村の白狼族や、グレイベア村の住人たちが、そうした物語に表立って出てくることはない。
スマホを貸与されている一部の王族や前線の騎士団は、彼らが妖異と勇敢に戦っているのを知っているはずだ。
だが、それを広く知らしめることはない。
亜人や獣人ましてや魔族が、人類の敵と戦っているという事実を、広く知らしめたくない。
そんな意識が、人類軍の国々にはあるのだろう。
リーコス村やグレイベア村の活躍の恩恵を、一番受けているはずのアシハブア王国が、そのような姿勢なのだから、ルカ村長としては面白くないはずだ。
田中とステファンの結婚式も利用するであろう王国に、予め牽制を入れておこうというのが、ルカ村長の狙いだろうか。
その意図は、カトルーシャ王女には全く伝わっていないようだったが、コラーシュ子爵には、しっかりと伝わっているようだ。
「王国は、マーカスやステファンを自分たちの英雄として祀り上げようとしているようじゃが、二人が担ぐのはシンイチじゃ。そのシンイチを騎士爵から男爵に叙爵するという話も出ているようじゃが」
ルカ村長の顔がコラーシュ子爵に向いた。
「牛と仲良くなったグレイベアが、自ら牛舎に入ってきたからといって、肉にする牛が増えたと喜ぶバカはおらんよの」
いくら王国がシンイチを取り込んだつもりでも、もしルカ村長が機嫌をそこねたら「人間なんてただの餌」みたいなことを言いたかったのだろうか。
ルカ村長の笑顔が、幼女というよりもドラゴンものに見えた。
ルカ村長の言葉に対してコラーシュ子爵は無反応だった。
目を開いたまま気絶していた。
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